第105章 芸術の島
「行ってみるか」
エースの言葉に水琴たちは広場へと向かった。
そこには小さな人だかりができており、その向こうから旋律は聞こえてきた。
噴水の縁に一人の青年が座っている。繊細なその指が腕に抱えたハープの弦を優雅に弾くたびに幻想的な旋律が空間へと零れた。
その音に合わせのびのびと響き渡るテノールに、水琴は思わず聞き惚れ足を止める。
歌詠みの手がかりかもしれないと急いていたはずだったのに、ただただその旋律に耳を傾けることしかできなくなってしまう。
この空間を支配しているのは正しく彼であり、その調和を乱すことは許されない気がした。
拍手が上がり水琴は我に返る。気が付けば青年の弾き語りは終わっており、周囲を囲んでいた人々も彼に声を掛けながら方々へ散っていくところだった。
広場に残されるのは水琴たちだけとなる。最後の演奏だったのだろう。片づけを始める青年にリリィが小走りに駆け寄っていった。
「あ、ちょっと待ってリリィ」
故郷の手がかりかもしれないとはいえ、まだ彼がどんな人間か知らない。不用意に近づくのは危ないと慌てて声を掛ける水琴の横をダグが大股で抜いていく。
静かに少女を守ろうとその背後につくダグの大きな背を水琴もまた追いかけた。
近付く水琴たちに気付き青年が顔を上げる。間近で見て、やはり綺麗な人だと水琴は思った。
流れるような金髪は少しも綻びを見せることなく背へと垂れ、青年の動きに合わせてさらりと揺れる。
体格を隠すゆったりとした大判の布を巻き付けたような衣服と合わさり、まるで異国の吟遊詩人かギリシャ神話の登場人物のように見えた。
歌声を聞いていなければ男性だとは気付かなかったかもしれない。それくらい綺麗な人だった。
「どうしましたか」
落ち着いた声音で尋ねる青年の前にリリィが神妙な顔で立つ。
何から話そうか迷っているのか。勢いで前に出てきたものの、普段は背後に隠れることが多いリリィは紡ぐ言葉が見つけらずうろうろと視線を彷徨わせた。