第105章 芸術の島
視線を向ければ海軍とは異なる兵装に身を包んだ屈強な男が足を踏み鳴らしこちらへ近づいてくるところだった。
穏やかな空気を踏み荒らすように近付いてきた男は険しい表情で青年を見下ろした。
「申請した時間はとっくに過ぎているぞ。もう直に日が暮れる。連行されたくなければさっさと散れ」
それからちらりとリリィを見る。高圧的な物言いと男の乱暴な振る舞いに脅えたリリィは身体を揺らし半歩下がった。
「貴様らは……」
「__っ」
リリィを無遠慮に眺める視線をゆったりとした衣が遮る。
「すみません。ついお客様と話が弾んでしまって。今解散しますので」
「客?」
「えぇ、観光客だそうです。この町では音楽家が珍しいので、つい話し込んでしまいました」
立ち上がり男へ向き直った青年が穏やかにそう説明すると、男は暫し青年を厳しい目で見つめていたが踵を返し去っていった。
男の姿が見えなくなると青年は水琴たちの方へ振り向き頭を下げる。
「彼女に怖い思いをさせてしまいすみませんでした。この町は王令により夜間外出禁止令が敷かれているんです」
「何か問題でも起こってるのか?」
夜間外出禁止令などという物騒な単語にデュースが眉を寄せる。デュースの問いに青年は一度目を伏せると、努めて明るい笑顔を浮かべた。
「皆さん、宿はお決まりですか?おすすめの宿があるんです。もしまだでしたらご案内しますよ」
唐突な話題の転換に目を白黒させれば水琴の腰をキールの刀の柄が軽く突く。なんだと思い目を向ければ灰色の目が通りの向こうに向いた。
追えば先程の男が陰に隠れじっとこちらの様子を窺っている。そういうことか、と水琴が一人納得しているとエースの声が嬉々として挙がった。
「そりゃありがてェ。なんせさっきついたばっかで右も左も分からねェんだ。よろしく頼むよ」
それは本当だった。歩く通りを間違えたのか、水琴たちは宿泊施設を見つけることができていなかった。
既に日は沈みかけており、船旅の疲れも溜まっている。夜間外出禁止令も出ているなら早く宿に向かわなければならない。