第105章 芸術の島
「歌ももちろん素敵だったけど。お母さんは踊ってる時が一番楽しそうだった。お母さんが躍ると、空気がぱっと華やぐみたいで。
……緑のスカートが、ふわりと舞って、」
少しだけ震えた声は、それ以上を紡ぐことができずリリィはぐっと唇を噛んだ。
水琴はリリィが泣くかと思った。しかし意外にもその瞳に涙が浮かぶことは無く、ただじっと過去を見つめていた。
その横に寄り添い水琴は小さな肩を抱く。リリィの手が、水琴の服におずおずと伸ばされ遠慮がちにその端を摘まんだ。
「……泣いてもいいんだよ」
水琴の言葉にリリィは首を振る。
「泣かない。もうたくさん泣いたから。これ以上泣いたらお父さんとお母さんに笑われちゃう」
それは確かに、理由の一つだろう。
しかし泣けない理由はそれだけじゃないと水琴は知っている。
自然を操る歌詠みの能力。
リリィの強すぎるその力は、追手から逃げる幼い少女の泣き叫ぶ心にも反応し嵐を呼んだ。
その経験が、感情を吐き出すことにブレーキをかけてしまっているのだ。
涙は心の治療薬だ。泣いて吐き出すことで、癒える心の傷もある。
それを許されない少女の心は、一体どうすれば癒すことができるのだろうか。
痛ましくリリィを見つめる水琴には気付かず、リリィはワンピースから視線を逸らしわざとらしく華やかな笑顔を見せる。
「さ、みんなのところに戻ろう。きっと待ちくたびれちゃってるから」
「そうだね」
少しだけ強張っているのには気付かないふりをして、水琴も笑みを返す。
リリィの為に何が一番良いのか、水琴にはまだ分からない。
だけど、いつか彼女が心から笑い、涙できる日が来ればいいと思った。