第102章 船医
「貴方が私に返したところで、流れは止まってしまう。
__貴方がその流れを受け継ぎ、次へ繋げること。それが私にとって、何よりの恩返しなのですよ」
師弟として、家族として、ずっと傍で支え合い生きていく。
それもきっと、とても心地の良いものだろう。
しかし、それでは世界は狭いまま。
師として、親代わりとして。キールにはもっと広い世界を生きてほしかった。
「……師匠」
長い沈黙の後、キールがぽつりとセトを呼ぶ。
「師匠の言う、恩返しはさ。この町に残っても、出来ることだよな」
「えぇ、そうですね」
セトの目を治すことにがむしゃらにならなければ、キールの行いはセトにとって恩返しとして申し分なかった。
スラムでの医療行為、ちょっとした小競り合いの仲裁。
それらは多くの者の助けとなり、またそれが誇りだった。
でもさ、と続けるキールは拳を握る。
「それは、師匠の目を治すことを諦めることになる。__それだけは、嫌なんだ」
力強くキールが立ち上がり腰を下ろすセトの前に立つ。
そこには先程までの弱々しさは一切なく、強い意志の光が煌めいているようにセトには見えた。
「俺は師匠の目を治したい。師匠の為だけじゃなく、俺の医者としての意地とプライドの為に」
「……えぇ」
「だから、……っ」
「えぇ、キール」
行ってらっしゃい、と愛弟子を見上げる。
「成長した貴方の姿をこの目に映す日を、楽しみにしていますよ」