第102章 船医
炭化した何かが足の下でじゃり、と嫌な音を立てる。
最早面影など一切残さない居間で、キールはただ茫然と一点を見つめていた。
その視線の先にあるのは割れた食器に紛れ落ちている焼け焦げた写真立て。
中に収められていた写真の行方は、その周囲に散らばる黒い灰が教えていた。
周囲が色を失い暗くなる。
全身は血が抜かれたように冷え、指先が震えた。
__舐められっぱなしでいられるか
__てめェの師匠は、セトって町医者らしいな
自分のせいだ。
師匠が止めるのも聞かず、愚行を繰り返していた自分の。
膝をつき、写真立てに手を伸ばす。溶けかけているものの何とか原型を保っていたそれの縁を撫でれば、指先を灰が黒く汚した。
__この女性ですか?……大事な人ですよ。
毎朝、手入れを行うのがあの人の日課だった。
柔らかな布で丁寧に触れ、写真の中の彼女を見つめる師匠の目は他の何を見るよりも愛おしさに溢れていた。
あぁ、あの女性はこの人の心の一番深いところにいるのだと。
幼心でもそう感じるほど、その光景は愛に溢れていた。
それは目が見えなくなっても変わらず。
「海賊だ!!」
静かな居間に外からの大声が響く。
男の声にまだ火事のショックが抜け切れていない住民たちはどよめいた。
その一言で反射的に家を飛び出す。キール!と呼ぶ声がしたが構っていられなかった。
住人の声と逃げる人の流れで海賊がどこに出たのか大体の見当はつく。
唇を噛み、キールは勢いよく駆け出した。
__最初は、ただ恩返しがしたいだけだった。
何も持っていなかった自分に、生きる力を与えてくれたから。
今度は、その力で師匠の役に立つんだと。
その一心で医学を学び、そして剣を学んだ。
それなのに。