第102章 船医
しばらくして炎は鎮火していった。
いや、燃やし尽くしたと言った方がいいだろうか。
住居がまばらで他所に燃え移らなかったのが幸いし、被害はセトの家一軒だけで済んだ。
「………」
力なく居間だった場所に立ち尽くすキールの背後をそっと見つめる。
言葉など掛けられるはずもなかった。
炎は全てを呑み込んでしまった。趣あるワノ国を彷彿とさせる家具も、師弟が使っていただろう食器も、あの写真も。
しばらくは一人にしておいてあげた方がいいだろう、と水琴は別の場所を見ていたエースたちの元へ向かった。
「水琴か」
「何か見つかった?」
「あァ。お目当てのもんがな」
エースが示す先には槍があった。
交差するように、二本の槍が深々と地面に突き刺さっている。
「二本の槍に、ドクロ。確かそんな海賊旗だったよな」
「じゃあ、この火事の犯人は__」
「チズルさんの言ってた海賊ってことだな」
まさかここまでのことをするなんて。先の情報からそうそう大それたことはしないだろうと高をくくっていた自分をぶん殴りたくなり、水琴は唇を噛んだ。
「そう責めたって仕方ねェよ。大事なのはこれからどうするかだろ。まさかまだ“待て”なんて言わねェよな?」
「あぁ。さすがにこの行動は目に余る。住民の為にもさっさとけりを付けるべきだろうな」
満場一致でスラムに向かおうと決めた時だった。外でどよめきと共に海賊だ!と叫ぶ声が聞こえた。
「奴ら街中にも現れやがった!ドッグの方に向かってる!」
「そりゃこんな大事かましたんだから動くしかねェよな」
「船の修理はチズルさんが拒んでいたはず。他の船を奪って逃げるつもりか?」
二人の会話を耳に入れながら、水琴は嫌な予感を覚え居間へ戻る。
そこにいたはずの姿は既になかった。
「エース、キール君が!」
「先越されたか」
「悠長に言ってる余裕はないぞ。キールの方が裏道には詳しい。急いで追いかけねぇと」
「こっちには水琴の風がある。早さなら負けねェさ」
爛々と好戦的に輝く瞳がスラムで待つだろう海賊を睨みつける。
「ようやくだな。とっととぶっ飛ばして、新しい船を手に入れるとしようじゃねェか」