第16章 知識を得る者
「…それは家族以外の人間はどうでもよい。ともとれる発言だが?」
少し不機嫌な声音で言にそう言うと彼女は藍色の空を見上げながらゆっくり瞼を閉じた。
『確かにそう思われるかもしれませんね。…私は、私の家族が安心して平和に暮らしていける世の中にしたいんです。それを実現するためには世界中の人が幸せにならなければいけない。その為にヒーローになる。そう言うことです』
「ほぅ…」
言は閉じた瞼をまたゆっくりと開きながら玲瓏(れいろう)な声でそう言い切る。すると先程まで落胆した表情で言を見つめていた男がまた興味を持ったように声を漏らして目には期待の色を浮かべた。
「ならば、もし家族とそれ以外の人間。両方が危険にさらされた時、どちらを守る?」
『それはもちろん家族ですよ』
一呼吸を置く間もなく、さも当然かのように答える。そんな言を見て男の心臓がドクリと跳ねたそして彼女の口から出てきた言葉に度肝を抜かれる。
『家族が無事なら他に何の心配もないので”最後まで”戦うことができますからね』
男の背筋に電流が走った。
───まだ、高校生のガキがここまで考えるか?最後までと言うことは即ち”死”という事だろう。既に命を賭けて…自分を犠牲にして人を助ける覚悟が決まっているのか??
口先だけならなんとでも言える。しかしこの男…いや”ステイン”は多くの人間を見てきた。善と悪、どちらの人間も。そして彼女の表情からその覚悟が”本物”なのだとひしひしと感じられた。
「…もういい。充分だ」
この世界の汚れも何も知らなそうな純真無垢な少女に満足気な表情でそう言い放つステイン。
「数年後を楽しみにしている」
それだけを少女に告げて忍者の如く身軽な動きで暗闇の中に去っていった。