第16章 知識を得る者
『質問…ですか?』
「俺に対する礼はそれに答えてくれればいい」
夜の冷たい風が言と男の間に流れる。言は夜風に長く綺麗な黒髪を揺らしながら男の発言に首を傾げた。
「英雄回帰…知ってるか?」
『ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。という思想ですよね?』
「…よく知ってるな」
男は微かに目を開いた。こんな高校生の子供が大人でも知らないような事を平然な顔をして淡々と口にしたからだ。
『一度本で読んだ事がありますので』
「それについてどう思う」
『英雄回帰について…?』
英雄回帰。それは公職としてのプロヒーローが成立する以前の原理主義的なヒーロー像に近い。 つまり「人を救う」という行為が真心から起きた「目的」であるのか。はたまた収益や地位や名声を得るための「手段」であるのかという事を問題視しており前者のみが英雄(ヒーロー)と呼ばれるに値するという事だ。
『そうですね…理解、は出来るかと。最近はプロヒーローの汚職事件も増えてきて世間からは非難の声が多く上がっていますし。まぁ私は収益も地位も名声も興味はありませんが』
本当にこいつは高校生なのかと言わんばかりの顔をして言を見つめる男。そして彼女の発言に少し疑問を持った男は言を指さして問い掛けた。
「なら、お前は何の為にヒーローを目指す」
収益も地位も名声にも興味を示さない言。男の中では少しの期待が込み上げていた。もしかしたらコイツは本物のヒーローに足りうる存在なんじゃないか、と言う期待が。
『家族を…守りたいからです』
そこにはあまりにも綺麗で、あまりにも儚く…今にもこの屋上に吹く風に攫われてしまいそうな程に淡い笑みを浮かべる少女の姿があった。気を許したらすぐにでも少女の笑みに吸い込まれてしまいそうだった。そして男は包帯の奥に潜める目を伏せて落胆した。その返答が自分の求めていた答えではなかったからだ。男はそんな込み上げてくる様々な感情を喉の辺りで留め、その気持ちを飲み込むように唾を飲んだ。