第13章 綺麗なアノコ
「そんな声かけられることある?!まだ12時前ですけど?!どんだけ人助けしたんだよ!」
『うーん、5人?10人?多分その位かも』
豪快にツッコミを入れる上鳴を横目に言は口元に手を当てながら曖昧な人数を答えた。そして何かを思い出したように口を開いた。
『あっ遅くなったけど…切島さん。さっきは助けてくれてありがとう。それで、何かお礼をしたいのだけれど』
「え?!そうだな、うーん」
腕を組み、悩む素振りを見せた切島は10秒程の沈黙の後に思いついたのか自分の顔を指さして言に向き直る。
「なら名前で呼んでくれねぇか?」
『名前?』
「おう!名前…は流石に分かるよな?!」
眉を顰めた言を見て流石にそれは気持ち悪かったかと後悔をした。そしてテンパりすぎて何故か自分でも言って悲しくなるような事を言うと
『鋭児郎』
そんな彼女から放たれた言葉を聞いて硬直する切島。玲瓏な声で呼ばれた自分の名前は、心構えをしていなかった切島にとってミサイルのような威力で、その瞬間 彼の頭の中は驚きと嬉しさに満ち溢れた。
『切島鋭児郎くん…だよね?』
言はうんともすんとも言わない切島を見て、もしや違かったのかと心配になり再度確認を取った。
「お、おう!あってるぜ!」
『なら良かった。でも鋭児郎くんだと少し子供っぽいかしら…うん、鋭児郎でいいかな?』
もう切島の脳内はキャパオーバー寸前だった。驚きと嬉しさのあまり視線はどこか虚空を見つめ、声帯が奪われてしまったかのように上手く声が出ない。最終的には微笑む彼女を見て首を縦に振ることしか出来なかった。
「あ!!切島ばっかりずりぃ!!俺の事も名前で呼んでくれよ!!」
「はぁ?!これは俺がクロアを助けたお礼で呼んでもらうんだからお前はダメだ!!」
「頼むよ!この通り!!」
今のところ言が下の名前で、しかも呼び捨てで呼んでいる男子などいない。だから切島はその彼女に唯一呼び捨てで呼んでもらえる男、と言う特別感に浸りたかったのだがそう上手くは行かないもので、上鳴がその独り占めに待ったをかけた。切島を押し退き頼み込む上鳴は言の前で拝むように手を合わせた。
『上鳴さんがそう言うなら私は全然大丈夫だけれど』