第9章 大方は真しくあひしらひて、偏に信ぜず、また疑い嘲るべからず
「そちらの道から来たのなら見たでしょう? 畑仕事をする老爺のような男を。彼はあれでまだ而立(じりつ:三十歳)前なの。親の計りで志学(しがく:十五歳)の娘と結婚し、今年で3つになる息子もいる。なのにここに越してきて間も無く、母子共に行方知らずとなって、今ではすっかり性格も容姿も様変わりしてしまって……」
公任は戦慄した。銀邇も瞠目し冷や汗を垂らす。
2人はすぐにでも草庵に戻りたかった。陽露華が危ない。それでも聞くべきことは聞き出さねば。
銀邇は4人に早口で問うた。
「そいつが妙な力を使っているような素振りは無かったか!?」
4人と公任が一斉に銀邇を見た。
4人のうち1人が、ゆっくり答える。
「ええ、ええ、少女の目をじっと見つめて、何か話しておりました」
「何と言っていたか覚えているか?」
彼女は首を横に振った。
「すみません、遠くからでしたので、何も……」
「構わん、協力感謝する。……いくぞ」
銀邇は公任に声をかけるや否や、踵を返して駆け出した。
公任も4人に礼を言って銀邇を追いかける。
「ちょっと銀ちゃん! どういうこと!?」
「踏まず人は僧侶に成れねえ。その力が冒涜的なものだから」
「まさか……瑞雲は!」
公任と銀邇は村を出て、山道を駆け上がる。
「修行僧止まりの踏まず人だ。課せられた修行は全て終えてるようだが……修行中に失望者に襲われたか、もしくは僧侶に成ることを諦めきれずに修行を始めたか……どちらかは分からねえが、ろくな道を進んでねえ」
踏まず人の力を悪用する人間は少なくない。他人のみならず当人も。たとえ『黄金の草原』に惑わされなかったとしても、その者が人間である限り、欲を持つ。
「瑞雲と会った時、陽露華ちゃんが俺の腕を振り解いたのって」
「間違いなく、奴の力だ」