第12章 まづまづしばらく日和を見るつもりだ
葵は地面に降り立ち、葉留佳は側で跪く。
青龍の冷ややかな視線に葵は動じずに見つめ返した。
「今日はここまでにしよう。この街もこんな状態にされて可哀想だしね」
葵は周囲を一瞥して口の端を持ち上げた。可哀想なんて微塵も思っていない、嘲笑するかのような表情。
「行きましょう、葉留佳さん」
葉留佳はすっと立ち上がって、水路にいる陽露華と銀邇に目を向けた。
「銀、また会いましょう。次は一緒に死にましょうね。そこの泥棒猫は、その時までに捨てるなり殺すなりしておいてね」
葵と葉留佳は逃げ惑う人々に紛れて姿を消した。
陽露華は背中に回された銀邇の手に力がこもったのを感じた。銀邇にとって、葉留佳とはどう言う存在なのか。果たして陽露華はそれに踏み込んでも良いのだろうか。
そして、公任の正体。俄かには信じ難いが、人間ではないことは断定しても良いだろう。そうでなければ、今までのことも色々と説明がつく。
青くなる目のことや、地図も聞き込みもなしに「黄金の草原」への道を知っていることなど。
陽露華は銀邇に持ち上げてもらって、水路から這うように出る。銀邇も陽露華が登りきったのを確認して、水路を出た。
公任は葵と葉留佳の消えた方を見ながら呆然と立ち尽くしている。
陽露華と銀邇が水路の渡し橋を歩いて、公任の正面に回り込むまで、公任は上の空だった。
「俺たちは話し合わなきゃならねえ。腹を割って、全てを」
公任はゆっくり顔を上げる。冷静な男と不安げな少女を見て、小さく頷いた。
陽露華たちの泊まっている宿は被害を免れており、通常に営業していたが、長居すると後々面倒に巻き込まれそうなので、荷物をまとめて、早めに電車に乗ることになった。
駅は人で溢れかえり、人で人をすり潰す勢いだ。殆どがあの花街の客だろう。独特の香の匂いと人の熱気と汗が混ざり合って、香害よろしく、気分を害して顔色の悪い人がちらほら見受けられる。
陽露華もまた例外ではなかったが、ここは我慢して公任に聞くべきことを聞く。
「公任さん、どこに向かうんですか?」
公任は遠くを見たまま、譫言のように答える。
「そろそろ暁を見に行こうかと思って」