第8章 遥かなる苔の細道をふみわけて、心ぼそく住み成したる庵あり
「これはこれは、珍しいこともあるのですね。これも御仏のお導きでしょうか」
林の中の雑な道から、初老の男が現れた。
公任と銀邇は警戒態勢に入る。
男は頭を綺麗に丸め、服装も質素。彼の手には数珠が1つ。
「お坊さん……?」
陽露華の小さな疑問はすぐに消えた。
「いいえ、お嬢さん。私はまだ修行の身。この先の草庵で、日々鍛錬をしております」
修行僧は瑞雲(ずいうん)と名乗る。
公任が代わりに皆の紹介をして、瑞雲に尋ねた。
「さっき子供が2人、走って行きましたが、この近くに村はありませんよね?」
瑞雲は穏やかな笑みで首を横に振った。
「この林道を抜けた先に、最近小さな村ができました。なんでも、新しい領主が土地を広げたとか」
公任と銀邇は明らかな警戒を解いた。それでも刀に添えた手は離さない。
瑞雲は気にした様子も無く、穏やかな微笑みを絶やさない。
「じゃあ、俺たちはこれで」
公任は作り笑いを浮かべて、陽露華の腕を引いた時。
陽露華が公任の手を振り解いた。
「陽露華ちゃん?」
「あ、あれ?」
驚いた公任が陽露華を振り向くと、陽露華も同じように驚いていた。
「ごめん、痛かった?」
「いえ、違うんです。痛くはなかったんです」
銀邇は2人の様子を、眉を寄せて見る。
公任は至って普段通り。彼女を怪しい修行僧から離れさせようと腕を引いただけである。
彼女は引かれた自身の左腕を、自分の腕ではないのかのように見ている。つまり、振り解いたのは彼女の意思ではない。
(無意識、もしくは操られた?)
銀邇は歩き出した2人の背中を追いながら更に熟考する。
彼女は触れられることに、恐怖や拒絶反応は特にない。
その証拠に、会って間も無い男のおんぶを許した。
背中の火傷に薬を塗る時でさえ、銀邇に頼んだ。あの日以降、自分でコツを掴んだのか、2回目は無い。
(無意識の可能性は捨てるか)
銀邇が思考しながら歩いていると、ふと、後方から視線を感じた。
振り返ってみると、公任と彼女が不思議そうな顔をして見ていた。
いつの間に追い越しただろうか。
「どうした?」
「それはこっちが言いたいんだけど」
公任はため息混じりに答える。