第8章 遥かなる苔の細道をふみわけて、心ぼそく住み成したる庵あり
陽露華と銀邇が何気ない会話をしていると、前方からじめじめと湿った視線を感じた。
2人が向くと、公任が嫉妬の念を隠す事なく視線に乗せて送ってきていた。
「男の嫉妬は見苦しいんじゃないのか」
「それとこれは別物でしょ。俺も混ぜてよ!」
銀邇はかつて公任に言われた言葉をそのまま返す。
公任は自分の過去の発言をすっかり棚に上げて、ぶつくさと銀邇に文句をぶつける。
いつしか景色は田圃から苔生した林道へと変わる。
公任は後ろ向きに歩いていたので、気が付かなかった。
銀邇と陽露華は、公任の割とどうでもいい愚痴なり文句なりを聞いてあげていて気付かなかった。
全力疾走で駆けてくる子供の存在に。
「ぶっ!」
「おっと?」
公任の腰に勢い良くぶつかった少年は、地面にひっくり返りそうになったが、すんでのところで公任が腕を引いて免れた。
「ほら気を付けてね。怪我はない?」
「どこ見て歩いてんだジジイ! 俺に触んな!」
「じじい……」
公任の腕を振り解いた少年は走り去った。
「今時の子は礼も言えないのでしょうか」
「お前も今時の子だろう……」
見送った陽露華の発言に、銀邇は突っ込まずにはいられなかった。
公任はと言えば、「ジジイ」呼ばわりされて放心している。
これでも彼はまだ23歳。老爺と認識されるには少々若過ぎる。
「あのー! そこの人すみません!」
少年が走ってきた方向から、更に別の子供が叫びながら走ってくる。
3人の前に止まった、先ほどの少年より年上に見える少女は肩で息をしている。
「あの、こっちに男の子が走ってきませんでしたか? おそらくぶつかったのではないでしょうか?」
「あー、俺にぶつかって失礼な事叫びながら向こうに走って行った子かな?」
「身なりはどんなでしたか!?」
「丸めた頭で市松模様の服だったと思う」
「やっぱりそうだ! ご迷惑をお掛けしました!」
少女は膝に額を擦り付ける程の深い礼をして、少年を追って行った。
公任は顎に手を当てて首を傾げている。
「どうかしたのか?」
「いやー、あのね?」
銀邇の問いに、公任は歯切れ悪く答える。
「この近くに、村は無かったと思うんだけど……」
公任は物思いに耽りながら進んで、ふと右を見れば、乱雑に木を伐採して出来た道があった。