第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
「ソイツぁ俺の獲物だあああ!!——ごふっ!」
追って来た柳田が、もう1人の若い男にぶん殴られた。
空中で体が半回転する程の威力を受けて、歯を2、3本と鼻血を飛ばしながら土手を転がり、川に盛大に落ちた。
殴った男は一息ついて、一言。
「悪りぃ、つい殴っちまったが、悪党はどっちだ?」
陽露華はゆっくり、川に沈みゆく男を指した。
殴った男は土手を降りて、自分が殴った男を川から救出すると、無造作に腹を踏みつけた。
「嬢ちゃんは平気か」
急に話しかけられて、陽露華は驚愕して思わず首を縦に振ってしまった。
そんな嘘はもう1人にすぐ見抜かれた。
「足首、赤くなっちゃってるね。鼻緒も切れちゃって、可愛い下駄なのに残念」
「……っあ!」
陽露華の逃げる間も無く、男の手拭いで右足首を固定された。
「す、すみません……」
「謝んないでよ。お嬢さん、お家までおぶってこうか?」
「はぃ?」
陽露華が素っ頓狂な声を上げた時、優男はもう1人に殴られた。
「イッター! 何すんの銀ちゃん!」
「銀ちゃんゆーな! 女誑し糞野郎!」
「人聞きの悪い!」
漫才のような会話を繰り広げる2人に、陽露華は失笑してしまった。
「笑うな!」「笑ってんじゃねぇ!」
「す、すみません!」
同時に怒鳴られた陽露華は仰け反り、優男に腕を掴まれなければ川に落ちていただろう。
結局、陽露華は優男におんぶされ、八百屋と魚屋での買い物も手伝ってもらってしまった。
「そういえば、お嬢さん。この辺に宿ない?」
「ありますよ。私の家がそうです」
「ホント!?」
陽露華の帰路についた時、2人の若い男の探しものはすんなり見つかった。
柳田は偶然通りかかった警察官に引き渡された。