第6章 君の福徳によりてその身を刹那に転じて人に成りたり
「何で、何でだ……」
暁夫の弱い声に、陽露華は自分の発言に失言があったと誤解し、謝って訂正しようとしたが、その必要は無かった。
「俺は、ずっと前から君の事を知っていたのに、ほんの数日前に会ったばかりの奴らに先を越されて……俺はずっと何をしていたんだ」
暁夫の言葉を陽露華は理解できなかった。
「俺は知ってたんだ。綺緋おばさんを筆頭に、父上母上は勿論、おじさんやおばさんたちみんなが道治おじさんのことをいじめて、君もいじめられてるのを。だけど俺は遠くから見てるしかなくて、何かしたくても何もできなくて、逆らえなくて……。
ある夜中、偶然寝付けなくて外を見たら、君を抱える道治おじさんが門を出て行くのを見て、急いで追いかけたら玄関先でお婆様と君の世話役が居て、おじさんと君は遠くに行くって言われて!」
暁夫は陽露華を想っていた。1人の家族として、1人の人間として。
「君がどこに行ったのかも分からなかったが、昨年の冬、花街に住む友人を訪ねに行く道中、君を見掛けた。知らない少女と笑顔で歩く君が見れて、思わず後をつけて家を特定した。君がいない時を見計って、道治おじさんと接触して近況を聞いた。
その時におじさん、俺に約束してくれたんだ。君を生涯守るって。綺緋おばさんには負けないって」
「お父様、そんな事、一言も……」
「言ってないだろうよ。俺が口止めした」
陽露華は想像したこともなかっただろう。父以外の親族に自分を想ってくれていた人がいたなんて。
「でも……尾行は感心できないです」
「あれが最初で最後だよ!!」
暁夫はバツが悪そうに頭を掻いた。
「こんな事、話すつもり無かったけど、言えてよかった。全部信じてくれなくても良いけど、せめて道治おじさんとの約束だけでも覚えておいてほしい。……本人いないけど」
「いいえ、全部信じます。話してくださって、ありがとうございます」
照れ臭そうに笑みを交わすと、暁夫を呼ぶ声が近付いてきた。
「暁夫ー? どこだー?」
「兄上!」
暁夫の兄・幸太(こうた)が暁夫を見つけて駆け寄って来たが、陽露華を見た瞬間、温厚そうな目がつり上がった。