第6章 君の福徳によりてその身を刹那に転じて人に成りたり
「住んでいた家が火事に遭い、私は家具の下敷きになって気絶していました」
陽露華は静かに涙を流しながら話す。
「その間に、お父様は放火犯に腹を数カ所刺されたにも関わらず、私を必死に探していました。それでも煙で視界が悪かったせいか、私を見つけ出す前に外に出てしまい、そこで息絶えました」
暁夫は固唾を呑んで聞き入る。
「火事を聞いてすぐ対応してくださったのが、公任さんと銀邇さんです。銀邇さんは炎の中、私を見付け出しました。公任さんは到着が遅れている町火消の代わりに纏をしていました」
陽露華は涙を拭って暁夫を見上げる。
「公任さんと銀邇さんは、私の命の恩人です」
公任はよく言えば社交的、悪く言えば女誑しだが、人の事をよく見ていて、案外面倒見がいい。
銀邇と陽露華にあまり人が寄って来なかったのは、全て公任の手回しである。語らずともほぼ全てを察して行動に移せる、公任の最も長所だと言える部分だ。
銀邇は一見表情に乏しく、公任ほど人付き合いに慣れていないが、ちゃんと笑える、そして怒れる。
夕方、銀邇の昼寝に陽露華が寄り添ってしまったのは、彼の隣の誰かの為の空席が、銀邇に欠けたものを表しているようで苦しかったから。自分の様な人間が座っても良い場所ではなかったが、どうにかして埋めてあげたいと、願ってしまった。
陽露華は家族を失い、友も失った。それでも受けた恩は余す事なく返す義理深い人間だ。
陽露華の為の部屋は結局、この館に用意されていない。彼女なりにここの人々に借りを作りたくない心情の現れだ。
「私は右腕と背中に火傷があります。火事で負った傷です」
暁夫は陽露華の声で、現実に引き戻された。
陽露華は右上腕を握る。
「私はこの火傷に誓って、公任さんと銀邇さんが成そうとしている事を、力の限りお手伝いするのが、私の恩返しです」
陽露華の決意表明に暁夫の胸の奥は、強く鋭く痛んだ。