第6章 君の福徳によりてその身を刹那に転じて人に成りたり
静かな廊下を進んで、洋館に相応しくない障子を引く。ここが衣装部屋だ。
部屋の隅に隠すように置かれた、先日公任に買って貰った着物に着替える。
鮫島から貰った帯締めを大切に付けて、髪を解いた。
さらりと肩に落ちて、背中まで黒髪が覆い隠す。
簡単に髪を纏め直し、顔の化粧を落とす。少し荒れた肌が顕になった。
陽露華は丁寧に着ていた着物を畳んで、部屋の隅に置く。
懐に巻物が入っている事を確認すると部屋から出た。
衣装部屋を出てすぐ右手には厠がある。折角なので寄っていくことにした。
用を済ませた陽露華は公任の部屋に戻ろうと、廊下を静かに進んでいると、すぐ右手の角から人影が現れた。
ジャケットのボタンを全部外し、ネクタイを緩め、シャツの首元のボタンを2つ外した暁夫だ。
「こんばんは」
陽露華は挨拶も早々に立ち去ろうとして、
「おい」
暁夫に呼び止められた挙句、腕を掴まれた。
陽露華は振り返って暁夫を見て、掴まれた腕を見る。
「私のような下衆に、何の用ですか」
「お前……っ」
暁夫は何かを言いかけて、1度口を閉じる。でもすぐに、意を決したように陽露華の目を見据えて、言いかけた全容を口にする。
「お前は、あの男達と何をしている?」
陽露華には答える義理がなかった。だから「何もしてません」と言うと、暁夫は掴んでいた腕を強く引いて陽露華の襟に掴み直す。
「『何もしてない』ことは無いだろう! でなければ、あんな怪しい2人にお前がついて行く訳ない! 綺緋おばさんの所為でついに気が狂ったか! 道治おじさんが守ってるんじゃないのか!」
陽露華はその言葉に衝撃を受けた。
父・道治が稀に陽露華に対して言う言葉があった。
『ひろのことは、私が守るから。だから安心して、自分のやりたい事をやりなさい』
今にも泣きそうな哀れむ声で言うので、陽露華には強く残っていた。
急に震え出した陽露華に、驚いた暁夫は思わず手を離す。
「おい陽露華……」
「お父様は、殺されました」
暁夫は金槌で打たれた気がした。
陽露華は両手で顔を覆って深呼吸したのち、暁夫にも百合子に話したことを話そうと決めた。