第5章 われも人もやすからぬ乱れ出で来るやうもあらむよりは
銀邇が噴水の前に設置された長椅子(ベンチ)に腰掛け、居眠りしていた。服装は変わらず、刀を両腕で抱えていた。
肘掛に体重を乗せ、静かに寝息を立てている。
陽露華は梅花から貰った毛布を掛けようと近付くと、銀邇が薄目を開け、陽露華に気づいた。
陽露華は起こしてしまったと思い込み、謝ろうと口を開いたが、先を越された。
「ああ、おまえか……座らないのか?」
今までに聞いたことのない、優しくて甘い囁き声だった。
銀邇は僅かに微笑みながらまた目を閉じる。
先程よりも表情は柔らかく、安心したような顔だった。
陽露華は高鳴る心臓の音に困惑した。頬が赤くなっているのを自覚する。
必死に抑え込んで漸く平静を取り戻した陽露華は、銀邇に毛布を掛けることに成功した。
陽露華はそっと、銀邇の髪についた葉を取る。
この人は一体、自分を誰と見間違えたのだろうか。
母親か、兄弟姉妹か、友達か、はたまた恋人か……。
思えば、公任と銀邇の事を何も知らない。
どうして助けてくれるのか。
どうしてここまで尽くしてくれるのか。
どうしてここから逃げ出さないのか。
自分を置いて逃げ出す事など、この2人には容易い。しかし、それをしない。
「…………」
陽露華の蚊の鳴くような声の問いかけは風にさらわれた。
「あ〜、愛想を振り撒くのも一苦労〜っと……あれ?」
公任が冗談を交えた独り言を言いながら表の庭に姿を現した。
銀邇と陽露華が寄り添って寝ている、噴水前の長椅子に回り込む。
毛布は銀邇だけに掛けられていた。
「まったくもう、抜け駆けは無しって言ったでしょー?」
公任は2人の前に蹲み込んで呟く。
「独りは嫌なの」