第5章 われも人もやすからぬ乱れ出で来るやうもあらむよりは
刀を鞘に戻した男が館の裏庭に行くのを、木の陰から見下ろす者がいた。
赤い線が1つ入った狐面を付けて、背に刀を背負い、小物入れを腰に付けた者。
一瞬の瞬きのうちに木から消えた。
日が傾き、空が赤らむ。
山の中腹の館で、盛大な宴が催された。
高価な車椅子に座った百合子は、自分の家族を親しみを込めた眼差しで眺める。
公任は皺のない三揃いのスーツに身を包み、無駄に着飾った少女らと談笑していた。公任はいかなる服も着こなしてしまうらしい。
そこから少し離れた椅子には紅子が座っていた。彼女も着飾っていたが、自分の妹や従姉妹達と比べてしまえば簡素に見えてしまう。右手には包帯を巻いていた。
誕生日会に集まっているのは親族のみにも関わらず、大変賑やかである。
料理は間髪入れず追加され、空き皿もすぐにできてしまう。
百合子の孫や曽孫たちはきちんとした服を着ているにも関わらず、庭を走り回っている。
其の内の1人の男児が足を縺れさせて転びそうになり、誰かに抱き上げられた。地に下された男児が、抱き上げた者を見上げると頬を赤らめる。
濡れたように艶やかな黒髪を纏め上げ、入り切らなかった髪が垂れてより妖艶に見せる。小さな花の簪が夕陽に輝いた。
淡い桃色の着物に桜が散りばめられ、緑の帯を引き立てるのは紫陽花の帯締め。
「お気をつけ下さい」
哀愁漂う笑みを浮かべた陽露華に見惚れていた男児は、兄に呼ばれるまで陽露華の側を離れなかった。
「幼い男児を魅了するとは、隅に置けませんね」
「梅花さん、人聞きが悪いです」
「これは失礼しました」
梅花も祝宴に合わせて、いつもより少し着飾っていた。
陽露華は眉根を寄せて、梅花の言い草に不満を口にする。
梅花は陽露華に薄い毛布を渡して仕事に戻って行った。
1人残された陽露華は会場を離れ、館の外側を周って表の庭の噴水に向かった。館の陰から噴水を目視して、足を止める。
先客だ。