第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
「ごめんくださ……」
「ひろちゃん来てくれて嬉しいわあ!!」
陽露華の言葉を遮って出迎えたのは、呉服屋の店主・鮫島。
「この帯締めやっと買う気になってくれたのかい?!」
「すみません、今日は布の切れ端が欲しくて……」
「なんだいなんだい相変わらずつれないねぇ。布の切れ端ならこっちだよ」
相変わらず一息で話し切る。聞き取りにくいったらありゃしない。
陽露華は思っても、口にしない。
鮫島について店の奥に入る。
土間を上がって、鮫島が持ってきた木箱をいくつか漁る。
「これ、高そうですね」
「実際高かったよ。桜はこれからの時期だから、ちょっと値上がりするのさ。素材も上物だよ」
陽露華は腫れ物にでも触るかのように、桜柄の布を木箱に戻した。
結局、陽露華は無料で譲ってもらった、季節外れの柄の麻布を数枚貰って店を出た。
「帯締めはあんたを待ってるからねー!! ずっと!!」
「……またの機会に」
苦笑いを浮かべて。
さて、次は八百屋と魚屋だ。
八百屋は大通りを2つ横切った先だ。魚屋はさらに奥。
陽露華は八百屋に行こうとして、足が止まった。
そういえば、今日は葵からもお使いを頼まれていたんだった。
野菜と魚を先に買ってしまうと、茶菓子に臭いがついてしまう。
陽露華は大通りを避けて川に向かって歩き出す。
川沿いに橋を目指して歩いていると、2人の若い男とすれ違った。