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黄金の草原

第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける



道治曰く、「陽露華を連れて町に出て、そこで暮らす」

百合子は驚いた。道治の提案ではなく、その説得力に。
力強い口調で、堂々と。臆病な道治の面影はそこにはなかった。

道治も歴史ある家系の1人だ。彼への支援は充分で、百合子が手を貸す隙間もなかった。

論破された百合子は道治の申し出を受け入れた。

この人なら、陽露華を幸せにしてくれる。
そう信じていた。

2人の出立は深夜。皆が寝静まった頃。

見送りは百合子と梅花の2人のみ。

陽露華が青痣のある顔で静かに寝ている内に、道治と遠い町に向かった。

道治と陽露華が居なくなったところで、あの一家が騒ぐはずもなく。
好き勝手言いたい放題して楽しんでいた。

その後、現在の場所に別荘を建てることになったのは、ただの偶然だった。

百合子は道治と陽露華の引っ越し先を知らなかったのである。口外してしまう事を危惧して、聞かなかった。

それが仇となり、綺緋はどこぞの馬の骨とも知らぬ男との間に子供を授かり、道治の住む家を割り出して子供を押し付けたのである。
それが楊花だった。

楊花の父と連絡が取れなくなったのを良いことに、たびたび道治の元を訪れ、楊花に道治と陽露華の嘘ばかりの悪事を吹き込んだ。

道治が苦労して手に入れた、陽露華との平穏な生活は10年に満たぬ内に、綺緋によって切り崩された。


「道治さんは元気かね?」


百合子は陽露華の現在の境遇を知らなかった。つい先日、この別荘に来たばかりだからだ。
百合子はテーブルの向かいに座る陽露華を優しく見つめる。


「父は……殺されました」


陽露華はまた溢れ出そうになる涙を堪える。そして、ぽつりぽつりと、公任から聞かされた事を話す。『本』が関わっている事を伏せて。

百合子はひどく悲しそうな顔で、自分の皺だらけで血管の浮かぶ手を撫でる。


「公任さんと銀邇さんは、陽露華の命の恩人なのですね」
「……はい」
「楊花は無事かい?」
「……おそらく、ですが。禿になったので、もう長らく会ってません」


百合子は息を吐いて、自分を落ち着かせる。


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