第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける
女はめげるどころか、「そうこなくっちゃ」と言って銀邇を追いかけた。
陽露華は漸く、その女の事を思い出した。
祖母・百合子の長女・沙織(さおり)の第1子・紅子(べにこ)。
現在の年齢は21。母親譲りの右目の泣き黒子が特徴。ふっくらとした頬と丸い鼻が愛らしい。言ってしまえば、童顔である。故に陽露華が紅子を少女であると見間違えた。
顔に反して体の発育は著しく、両腕から溢れるほどのたわわな果実を実らせている。
陽露華は銀邇の様子が気になった。あの顔は、雑木林で怒鳴られた時以上だ。
一方で公任は、顔面に愛想笑いを貼り付けて、残った4人と談笑している。
世渡り上手なのは公任に限らず、少女達も楽しそうな笑みを浮かべていた。
陽露華は席を立とうか迷っていると、応接室に給仕係が現れ、紅茶と茶菓子を振る舞い始めた。
少女達は我先にと給仕係によってたかり、紅茶や茶菓子を公任に与えようと醜い女の争いが勃発しようとしていた。
「陽露華様」
梅花が陽露華の肩を叩く。二次被害を回避するべく、2人は応接室を退出する。
応接室の扉を閉めて、梅花は一息ついた。
「給仕係が来たので、陽露華様を百合子様の元へご案内します」
陽露華は一歩後ずさった。筋肉に電流を流されたように、体が小さく震える。
梅花は優しく微笑み、陽露華の手を取ると、ゆっくり歩き出した。
館の裏庭では、今日の誕生日会の為の会場設営が粛々と行われていた。
その脇を通って、梅花は陽露華を硝子張りの小さな温室へと導く。
扉を開くと涼やかな鈴が響き渡った。
花の香りが陽露華の鼻をくすぐる。
白い陶器の小さな卓子(テーブル)と、同じ白い陶器の椅子が2つ。
小さな卓子の上には、小さな箱に鮮やかな紐で包装された贈り物が積まれている。
その隣でゆったりと座っているのは、淑やかなおばあさん。百合子である。