第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける
公任は颯爽と立ち上がり、最も近くにいた少女の手を取った。
「これはこれは、素敵なお嬢さん。私のような身分の卑しい者にも挨拶をして下さるとは、さぞ麗しい御心をお持ちのようですね」
公任が優しく微笑めば、少女達は歓喜の黄色い声を上げる。
銀邇はうんざりしたように眉間にシワを寄せて腕を組んだ。そのまま目を伏せる。
陽露華はその顔に見覚えがあった。先の宿の遊技場だ。
なるほど、公任はこのように女性の心を奪っていたのだろう。
公任が少女1人ひとりに違う言葉をかけている内に、銀邇の元にも1人が近付く。御令嬢5名の中でも最年長で、18になるくらいだろう。
「私ね、ああいう社交的な方はちょっと苦手なの。だからかなあ、貴方みたいな硬派な男性が好みなの。この後一緒にどう?」
銀邇の顔や首や肩に手を滑らせて〈誘う〉。
この応接室はいつから風俗店になったのだろうか。
陽露華は瞑想を始めた。今目の前で起こっている事を受け入れたくなかった。
銀邇は伏せていた目を女に向ける。
鋭い眼光に睨まれて、女は一瞬怯んだが離れようとしない。
それどころか、自身の名を名乗る前に銀邇に名前を聞く始末。
銀邇は黙秘を貫いていたが、公任があっさり晒してくれた。
「ちょっと銀ちゃん? もしかして久しぶりに触られて動揺してる?」
「あ”あ”?」
銀邇の怒りの矛先が公任に切り替わった瞬間、
「あら、かわいい渾名ね。私もそう呼んで良いかしら、銀ちゃん?」
女の言葉に切り替え直す羽目になった。
銀邇の表情筋が小刻みに動き出す。
女は気付いていないのか、火に油を注いだ。
「でも、『銀ちゃん』だと彼と被ってしまうのは不愉快だわ。じゃあ私は『銀』て呼ぶわね」
「その名で呼ぶなっ!!」
銀邇は叱責は、鶴の一声だった。騒がしかった応接室は一気に静まり返る。
陽露華も驚いて目を開けた。
銀邇から、ただならぬ殺気を感じ取れる。
「その名で呼んで良いのは、後にも先にもアイツだけだと決めた。お前の様な尻軽女に呼ばれる筋合いはない」
銀邇は立ち上がって部屋を出て行く。人を寄せ付けない剣幕で。
「盛大な失言だよ。これは口聞いてくれないね」
公任の声がやけに大きく聞こえた。