第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける
陽露華の声は、公任と銀邇が聞いた中で最も冷えていた。
「何を勘違いなさっているのか、敢えて聞き返しませんが、私は先程からお母様、貴女に話しているのです。そしてこれは指図ではなく提案です」
綺緋は陽露華を鋭く睨め付けて、「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。おませな少女がわざと不機嫌を露わにしているようだ。
「非常に不愉快で不本意だけど、非常に不本意で不愉快だけど、門を開けなさい。できないなら爪を全部剥いだ後に解雇処分よ」
使用人はおずおずと門を開けた。
綺緋は公任の腕を強く組み直して、いそいそと門を通る。
公任はなんとも言えない表情だった。
銀邇も後を追うように踏み出そうとしたが、突然隣で倒れそうになった小さな体を支えた。
「おい」
「……すみません。立ちくらみが……」
青白い顔でゆっくり呼吸する華奢な少女を、銀邇は静かに見つめた。自然と伸びた片手が彼女の頭に置かれる。
「よく頑張ったな」
「……はい」
銀邇と陽露華が歩き出し、噴水の前に差し掛かった時、門を閉めた使用人が立ち塞がった。
そして頭を深々と下げる。
「陽露華様。よくぞ、おいでくださいました。……無事で良かった」
使用人は両目に涙を湛えた顔を上げる。
銀邇が陽露華に「知り合いか」と聞くと、陽露華は「幼少期の世話係です」と答えた。
どうやら見た目の割に年は食っているようだ。
使用人は涙を指先で拭くと、淡く咲く花の様に微笑んだ。
「百合子様のお誕生日会は夕方からです。応接室でお待ち願いますか」
陽露華が頷くと、使用人は案内してくれた。
応接室には既に公任がいた。ついでに綺緋も。まだ腕を組んでいる。
使用人は綺緋を言葉巧みに説得して、部屋から追い出した。
使用人は扉を閉め、3人に長椅子(ソファ)に座るよう促した。
使用人は梅花(ばいか)と名乗る。