第4章 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける
公任と銀邇は絶句した。かつてこの様な場所に来た事はない。
門から館へ続く石畳の道は、馬車が1台通れてしまうほど広い。
その中間地点には道幅よりも大きい、石細工の噴水が主人の財力を誇示するかの様に建っている。
そこを交差点に、左右に更に道が分かれ、庭園へと導く。
「武家の一族て、言ったよね?」
公任が腕の中の陽露華を見下ろすと、彼女は困惑した様に説明する。
「確かに言いましたが、お母様のお父様の家系が武家の一族なだけです。お婆様の親族様方が貴族の分家に当たり、お爺様とお婆様が御隠居なさる時に、この様な別荘を建ててくださったのです」
「別荘ねえ……」
公任はまた門を見上げた。
絢爛豪華という言葉の為に建てられた様な別荘。
この場所は普段と違った雰囲気がある所為か、公任と銀邇は物怖じしてしまう。
公任が陽露華を地に下ろすと、後方から陽露華の母が漸く到着した。苦しそうに喘ぎながら、なだらかな上り坂を登ってくる。
この数分で一気に老けた女は、千鳥足で門に近付き、呼び鈴を鳴らす。
軽快な音が静かな林に響く。
すると館の観音開きの玄関扉がゆっくりと開かれ、使用人と思しき若い女性が門へと歩いてくる。
公任は陽露華を母から遠ざけた。しかしながら、それは失敗だった。
何を思ったのか、陽露華の母は公任と腕を組んだ。
公任は銀邇と陽露華に助けを求める様に目配せしたが、銀邇は目を伏せ、陽露華は申し訳ないと言うような表情をした。
使用人は門に着くと恭しく一礼する。
「お帰りなさいませ、綺緋(きひ)様。失礼ですが、そちらの方々はどちら様でしょうか」
綺緋とは陽露華の母のことである。
綺緋は嬉々として話し出す。
「帰り道でね、偶然! 素敵な殿方に会えたから、お母様のお誕生日会に招待してあげたの。そしたら急に走り出して——」
「大変状況は理解できましたが、全員の身分を証明できるものをご提示願えますか」
使用人は綺緋の言葉を遮って、公任と銀邇と陽露華を見る。
3人が首を横に振ると、使用人は綺緋に向き直った。
「彼らが安全な人間かの確認ができませんでした。今日のところはお引き取りくださいますようお伝えください」