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黄金の草原

第3章 しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし




「お前の知識を測ろうと思ってな。怖い思いさせて悪かった」


銀邇は本を閉じて目を伏せた。


「原本を写す行為を、何て言うか、知ってるか?」


陽露華は首を横に振った。
銀邇は静かに、しかしはっきりとした口調で続ける。


「『捨身(しゃしん)の術』と言われることが多いが、実際はただの自害だ。写しを読んだら体を乗っ取られるのは本当だが、それは失望者に限る。踏まず人が乗っ取られるのは、まず無い」


陽露華は胸を撫で下ろした。同時に自分の知識不足を恥じた。
明確な事実を知らぬ内に、目の前の男に酷い感情を向けてしまった。


「写しの表紙の裏には呪印が刻まれていて、それを見たら乗っ取られる。写した者の死体は、冒涜的な姿で見つかる……のは知ってるか?」


陽露華は青ざめた顔で首を横に振った。
銀邇は顎に片手を当てて少し考えた後、「やっぱりか」と漏らした。


「お前、読了後、そんなに経ってないな?知ってる内容が中途半端だ。2年、いや3年と言ったところか」


正解だ。

陽露華は3年前に『黄金の草原』と出会い、当時読みかけになっていたどの本よりも先に読み終わった。

彼女の反応から銀邇の疑惑は確信に変わる。


(発現するのも、時間の問題か……)


銀邇は模造品を箪笥の1段目に戻し、2段目から巻物を1つ出した。
彼女の前にそれを置いて、今度は説明をする。


「それは金属が酸化するときに発光する色を、素人でも理解しやすいように記したものだ。今後、お前の役に立つだろう」
「どうして、そう思うんですか?」


銀邇は暫く考えて、俯いて、呟いた。


「お前は『踏まず人』で『失望者に襲われた』からな」


「それと、」銀邇はさらに続ける。


「夜空に咲く花は、お前も好きだろう」


陽露華は理解に苦しんで、何も言えなかった。

銀邇は「帰るぞ」と言って立ち上がり、部屋を出ようとする。
陽露華は慌てて、銀邇を追いかけるように部屋を出て、店の外に出ると、色んな所から食べ物の匂いが漂ってきていた。

昼時だ。

銀邇と陽露華は近くの蕎麦屋で昼食を済ませると、宿に戻った。


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