第3章 しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし
ここは一体、どういう部屋なのか。
どうしてここに連れてきたのか。
陽露華は疑問の視線を銀邇に向けると、銀邇は扉を閉めた後だった。
部屋に2人きりで、外の喧騒も聞こえない。
銀邇は黙って、箪笥の1段目を引く。
中には1冊の本が入っていた。題名は無い。黄ばんだ表紙には、黒い何かのシミが残っている。
「これ、何ですか?」
陽露華が銀邇に聞くと、銀邇は「読めばわかる」と言って、箪笥の前にあぐらをかいた。
陽露華はその場に正座して、表紙を開く。しかし、最初に目に飛び込んできたものに驚いて、瞬時に閉じた。
鼓動が早くなり、本を持つ手が震え、身体中から嫌な汗が吹き出る。
陽露華は震えながら銀邇を見上げる。その目には、怒りとも憎悪とも取れる感情が滲み出ていた。
「どういう、つもりですか」
銀邇は答えない。
「これは、あってはいけない物です」
銀邇は頷いた。まるで先を促すかのように。
陽露華は遠慮無く言い張った。
「これは『黄金の草原』の写しですね? 原本を写した者は、本に封印される事は知っていますよね。写された本を読めば、封印された者に体を乗っ取られるんですよ」
陽露華は目の前の男に畏怖した。
このままでは自分の身が危ない。
この人間は、公任以上に信用ならない。
この人間は、自分を誰かの入れものにしようとして………
「ふっ」
銀邇が突然、口を押さえて吹き出した。
陽露華は身構えた。今にも逃げ出したかったが、足が恐怖で動かない。
銀邇は口を押さえて、肩を震わせて笑いを必死に堪えていた。
漸く笑いを抑えた銀邇の口から出た言葉に、陽露華は今度は拍子抜けした。
「それ、模造品」
銀邇は、ポカンとしている彼女の手から本を取り、表紙をめくって中を見せる。
そこには複雑怪奇な呪印が記されていたが、下半分が擦れて、完璧なものではなかった。
陽露華は首を傾げた。
銀邇は一体、何をしたいのだろうか。
口にしなくとも、銀邇は答えた。