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黄金の草原

第3章 しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし



その日の夜、陽露華は寝付けなかった。と言っても、昼間に色んなことがありすぎた。

昼間、銀邇に連れて行かれた、あの古本屋の奥の部屋。後から銀邇に聞いてみても何も答えなかった。
陽露華を試すような事をした理由も他にあるはずだ。

知らなくていいと言われてしまえばそれまでだが、銀邇はそう言わなかった。言う気はあるのだろうが、機会を窺っているような、そんな様子だった。

陽露華は邪魔な思考を振り切って、巻物を開いた。

蝋燭の灯りを頼りに、文字の羅列に注視する。

聞いた事も、おそらく見たこともないような金属の名前を眺めている内に、眠気が襲ってきた。

唯一知っていた「銅」とその色を見て、巻物をしまった。





翌日、陽露華は自身の回復力に震え上がった。

右足首の痛みが、一切無い。つまり捻挫が完治した。

恐ろしさで今朝は、化膿止めと痒み止めの薬を塗り忘れた。

朝餉を食べる時にその話を公任と銀邇にすると、2人は特に驚かなかった。曰く、踏まず人は稀に、驚異的な回復力を持つ者がいるらしい。それでも限度はあるらしく、細胞が死滅してしまっていては意味がないと言う。陽露華が負った背中と腕のような大火傷がその一例である。

公任は、これ以上この宿場町に居続ける理由が無くなった、と判断し、今日中に発つことを決定した。
異論は無かった。

朝餉を食べ終えて、陽露華が荷造りを終えた時に、公任が迎えに来た。
陽露華は使った部屋を一周見回して、銀邇から貰った巻物が懐に入っているのを確認した。

3人は宿場町を出ると、予定通り、東に向かう。

公任は先頭を歩きながら、あの歌を歌っている。

田圃の畦道を陽露華は珍しそうに見回した。
花街のあまり栄えていない場所に住んでいたとは言え、田圃や畑はあまり見る機会はなかった。

公任が歌い終わると、まるで機会を見計らっていたかのように、休憩所が現れた。

公任の提案で休む事にする。
陽露華は荷物を下ろそうとして、ふと視線を感じた。来た道を振り返ると、身体中の血の気が引いた。

突然硬直した陽露華に気付いた公任と銀邇も視線の先を見る。

1枚の田圃を挟んだ向かい側に、1人の女性が立っていた。
色を失っても香りはある花のような姿である。




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