第3章 しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし
異国から伝来したと言われるビリヤードで、高成績を収めていたのは、公任。
側では銀邇が眉間にシワを寄せて立っている。
2人とも浴衣姿なので、風呂上がりに遊んでいるのだろう。
そこまでは良いとして、観客に偏りが見られる。
幅広い世代の女性客達が、公任のいる台を囲んでいる。
陽露華達が泊まっているこの宿は、この宿場町の中では安くて質素だが、広い。かなりの人数が泊まれる。
この宿のビリヤードを、老後の楽しみにしてる様な年配の方々が、何とも言えぬ表情で、突如現れた貴公子に困惑していた。
様子からして、打ち負かされたのだろう。
今対戦相手になっているのは中年の男性だが、何ともやりにくそうな雰囲気で、キューを支える手が震えている。
陽露華は公任の意外な一面を垣間見た気がした。
これ以上、出入り口で覗き見していても怪しいだけなので、ずらかる。
彼女が遊技場から離れるのを、銀邇は見ていた。
静かな階段を上って、陽露華は部屋に入る。
女将が敷いてくれたのであろう、布団がいつでも寝れる様に準備されていた。
陽露華は平台に、今日処方された薬を出して、浴衣の襟元から両腕を出す。
火傷の患部に塗り始めるが、背中に左手が届かない。届いたとしても、限界がある。
どうしたものかと、試行錯誤をしていると、襖が突然、何者かに開けられた。
陽露華は驚いて振り返ると、同じく驚いた顔の銀邇と目があった。
「すまん、間違えた」
「ま、待ってください!」
早々に立ち去ろうとした銀邇を、陽露華は思わず呼び止めてしまった。
銀邇は顔を背けたまま待っている。
「あ、あの、背中に、塗るの、その……」
「…………」
「手伝ってほしい、と言いますか、やってほしい、と言いますか、その……」
陽露華も咄嗟に出た言葉だったので、しどろもどろになりながらも、用件は伝えられた。
銀邇は静かに部屋に入って、襖を閉めた。
「公任が来る前に終わらせる」