第3章 しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし
「陽露華ちゃん、そろそろ宿に戻ろうか」
「はい」
すっかり日は傾き、空が赤らんできた。
公任におんぶされながら、陽露華は空を見上げる。
烏が数羽、飛んでいくのが見えた。
町を歩く人は影を長く落とし、暖簾を片付ける店もある。
宿に着いて、陽露華と公任は部屋に分かれて入る。
部屋に夕日が入ってきて眩しい。朝は冷え込むだろう。
日が沈んだ頃、銀邇が宿に戻った。
3人で夕餉を食べた後は、大浴場で身を清める。
流石に混浴は無いので、陽露華は1人で女湯に向かう。公任はかなり心配していたが、銀邇はそろそろ信頼してやれと言わんばかりに公任を殴っていた。
陽露華はその様子を見るに耐える精神を、まだ持ち合わせていない。故に、少々逃げる様にその場を離れた。
着替えの浴衣やら手拭いやらを、籠にまとめて暖簾を潜る。
広くも狭くも無い脱衣所の、最も人気のない棚で着物を脱いでいると、背中に視線が刺さる。恐る恐る振り返ると、まだ立てる様になったばかりぐらいの男児が、腰掛けに掴まり立ちして見上げていた。素っ裸である。
陽露華は言葉を失って、暫時、見つめ合っていたら、男児が突然声を上げた。
「ただれおばけ!」
陽露華は一瞬、言葉の理解が遅れたが、この火傷のことを言っている事には気がつけた。
しかしながら、母親と思しき女性が、何度も謝りながら男児を回収していくまでの数秒間、陽露華は完全に思考が停止していた。
(そうか、この火傷は、そういう風に見えるんだ……)
か弱い乙女心を抉るには、充分すぎる暴言だった事には相違ない。
陽露華はその後、どうやって風呂に入ったのか思い出せなかった。
ただ内に巡るのは、線香花火の様な小さな屈辱感と、火傷を負ったと言う変えようのない事実への無力感、そして、年の近い少女らの玉の様な肌への羨望だった。
陽露華は黙って浴衣に腕を通し、帯を締めて、着替えと手拭いを畳み、客室の方へ向かっていると、遊技場の方が色めき立っていた。
その時は、ほんの出来心だった。
年頃の好奇心に乗せられて、遊技場を覗いたのが間違いだった。