第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
陽露華は湯船に浸かって、格子窓から星を眺める。
窓の配置からして月は見れない。
遠くの野犬の声を聞きながら、葵に言われた言葉を思い出す。
義妹を一目でも見れるなら安心だ。それでも、あの業界はただの華やかな場所では無い。
どうか無事でいてくれと、願うばかりだ。
纏めた髪が頭で揺れる。根元が少し痛い。
さて、と立ち上がると、パタンと音がした。
ひんやりとした空気が、風呂の入り口からふわりと流れる。同時に背中を滴が垂れる。
湯船の滴か、汗か。陽露華にはあずかり知らぬこと。
遠ざかる若い足音から、父でないことは確か。
となれば、残るは1人のみ。
しかし、陽露華は追いかけもせず、手拭いで体を拭くと、浴衣に着替えた。
風呂場から台所、台所から茶の間、茶の間から自室に入って、火鉢に火を起こす。
櫛で髪の手入れをしてる所に、タンタンと縁側の襖を叩く音がした。
風だと思った陽露華だったが、また同じ調子で音がしたので、返事を返すとそっと襖が開けられた。
そこに立っていたのは、たった1人の宿泊者のU。彼は大学生だ。
陽露華が黙っていると、Uは縁側に正座をして、先程はすまなかったと切り出した。
言う事には、水を貰おうと台所に入った所、人が居なく、黙って水を貰うわけにもいかなかった時、風呂場から水の音がするものだから、父だと思って開けてしまったらしい。
真偽は定かではないが、当時の行動とわざわざ謝罪に来た事を踏まえて、陽露華は取り敢えず信じる事にした。
陽露華は水が欲しければ、黙って持っていってもいいと言うと、Uは感謝した。
彼が立ち去ったので、陽露華は火を消して布団に入った。