第2章 世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため
陽露華と銀邇が朝食を済ませた後、公任は起きた。
公任は目覚めるなり、陽露華に体調や火傷の事を矢継ぎ早に聞いて、銀邇に怒られた。
公任は銀邇が釣った川魚を朝餉に、陽露華に真実を語って聞かせた。
「まず親父さんだが、胸と腹に刃物で数カ所刺された痕があった。そんな重傷を負いながらも、燃える家から出てこれたんだ。強い人だったよ」
陽露華は黙って聞いている。
公任は更に続ける。
「旅籠(はたご)は全焼。周辺の家屋も燃えたが、そこまで酷くはなかったな。火消しの為に取り壊したから、3軒くらい無くなってた」
公任は懐を漁ると、1本の帯締めを取り出した。
深緑色の紐に金の糸が織り込まれ、鮮やか且つ淡い紫の紫陽花を模した花が編まれている。
質素でありながらも装飾品としては見劣りしない。
「呉服屋の鮫島さんから」
公任の言葉に、陽露華は目を見開いた。
「ずっと前から渡したかったと言っていた。身に覚えがあるだろう?」
陽露華はゆっくり頷く。
公任は陽露華の手前に帯締めを置いた。
「それから、陽露華ちゃんの人相書きが出てた」
陽露華は心底動揺し、胸の奥が冷えた。
家が燃えたことで、父との一生の約束が公にされた。
公任は表情の変化に気付いたが、言うべきことは言わねばならない。
「君はもう、帰れないよ。更に言えば、追われる身になった」
陽露華は胸の奥を木槌で叩かれた気分になった。両手で口を押さえて背中を丸め、必死に堪える。こみ上げてくる感情を必死に殺す。
公任と銀邇はその様子を黙って見ていた。
しばらくして、やっと開いた陽露華の口から出た言葉は、
「……わ……わたしをっ……
ころしてっ……」