第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
「……きて、……起きて」
誰かに呼ばれている気がする。
「……起きて、……起きてってば!」
暗い。それに声も少し遠くに聞こえる。
「早よ起きりんよ! ひろ!!」
「ふぉっ!?」
弾かれた様に顔を上げると、目の前に葵が仁王立ちしていた。
見慣れた畳の部屋。寝慣れた布団。温かな縁側……。目の端で火花が散ったが、気のせいだろう。
「葵、どうして?」
「どうもこうも無いよ! ほら早よ立ちん。花魁道中見に行くんだら?」
……そうか、今日は花魁道中の日か。
「ええ、ちょっと待ってください。すぐ着替えます」
「隣で待っとるよ」
葵はそう言うと茶の間に入る。
陽露華は布団から出て、小さな桜が裾と袖にあしらわれた桃色の着物に袖を通す。紫の帯を締めて、紫陽花を模した帯締めを付ける。先日、鮫島から貰ったものだ。
淡い緑の羽織りを着て、茶の間の襖を開ける。
さっきは気づかなかったが、葵もいつもと服装が違った。
明るい緑の着物に深い緑の帯、青い羽織りを着ていた。
「さ、いこまい」
「はい」
葵と手を繋いで町の中心部に向かう。
葵が初めてこの町に来た時も、空は高く澄み渡っていた。
カランコロンと下駄を鳴らして、川を渡っていくと、人の通りが増えてきて、一層華やぐ。
『花街』らしい活気だった。
喧騒だけならば。
人々が騒ぐ先に見えたものは、花魁道中なんかではなかった。
もっと悲しくて苦しくて怖いもの。
処刑場だ。
簡易的に作られた囲いの中で、男が1人、茣蓙に正座させられて項垂れている。
陽露華はその人に、見覚えがあった。
「……お父、様?」
その弱々しい声は喧騒に消え、景色は淀み歪む。
「ひろ……」
葵の声に振り向くと、彼女は陽露華の胸に飛び込んできた。背中に刀が深々と刺さっている。
力無くもたれる葵と、正座して動かない父を交互に見て、陽露華は気付くだろう。
否、気づかずにはいられなかった。
今この場に、味方がいない事を……