第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
「葵ちゃん!!」
野次馬から葵が、清潔そうな身なりの男を連れて出てきた。
「おじさま無事だったんだね!!」
葵が公任と父の元へ駆け出そうとすると、
ザクッ
葵は顔面から地面に倒れ伏した。
彼女は背中をザックリと斬られ、血を噴き出している。
「だから言ったでしょ〜? 君が死ぬかもってさ〜?」
清潔そうな服を返り血で濡らした男が不適に笑う。手には血を垂らす刀が握られている。
公任は立ち上がり、父を庇う様に刀を鞘から抜いて、男と対峙する。
「君は、医者じゃないね」
「表向きは医者だよ。その道の勉強はしっかりして来たさ。でも、今この場では、違うね」
男は葵の心臓目掛けて刀を振り上げた、刹那。
「がっはあ!!」
男は公任に左肩から右脇にかけて、斬られていた。
突然懐に入ってきた公任に驚く間もなく、男は刀を手放し、仰向けに倒れた。
公任は男が手放した刀を拾い上げ、男の右肩に力いっぱい刺し、地面に固定した。
男の激痛に悶える声を背景に、公任は葵の光を映さない瞳を瞼で隠す。
「公任、これは一体……?」
銀邇が旅籠から出てきた。銀邇の着物を巻き付けられた陽露華を抱えて。
銀邇は公任から視線をずらして、葵を見て、刀で固定された男を見て、彼女の父を見つけた。
野次馬は当初より引いて、燃える家屋の範囲は広がっている。
「銀邇、どうやら、“また”らしい」
飄々としていた公任には似つかわしくない、痛々しい表情。
「そうか、“また”か……」
力強い物言いをする銀邇にしては珍しい、歯切れの悪い言葉。
「なあ、この旅籠を燃やしたのは、誰だ?」
公任の嘆きに近い問いは、すぐに返答された。
「俺だよ」
野次馬から出てきたのは、U。
公任は刀を構える気力も無かった。
銀邇は父の脈を確認し、目を閉じた。