第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
銀邇は燃える襖を蹴り破って、茶の間を越えて次の部屋に入るが、誰もいない。
さらにその奥の襖を開けると、強い熱風と黒煙が灰になりゆく紙を舞い上がらせる。
ゴウゴウと燃え盛る部屋の、一際大きな倒れた本棚の下から覗く白い手。
銀邇はすぐに本棚を退かす。被さる本を掻き分けて少女を抱き抱える。
ぐったりとして呼吸も浅い。
銀邇は一つ前の部屋から縁側に出ようとして、出れなかった。
庭も干された洗濯物も縁側も火の海。
銀邇は玄関に戻って父の部屋に行くが、居なかった。
「なんだあれ? 纏のつもりか?」
「だっさー」
公任は旅籠の2軒隣の屋根の上で、茶屋の傘を振っていた。
(人の気も知らねぇで!)
公任は野次馬を恨めしく睨みながら、火事の現場を知らせる。
(早く来いよ火消し!! 終わったら職務怠慢で訴えてやる!!)
公任が傘を振っていると、旅籠から人が出てきた。
「親父さん!!」
公任は思わず傘を捨て、屋根を飛び降りるという驚異的な身体能力を野次馬に見せつけて、父に駆け寄る。
「親父さん! 今葵ちゃんが医者を……」
父はその場に倒れ伏した。
公任は何度も声を掛けて肩を揺すっても、返答がなければ目も開かない。
「親父さん!!」
「公任!!」