第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
白昼堂々、事件は起きた。
公任と銀邇が旅籠に帰っている道中、銀邇が空に黒煙が立ち上っているのを見つけた。
方角は旅籠の方だった。
ジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャン
半鐘の音が小刻みに聞こえる。
2人が走って行くと、旅籠のある通りに人集りができていた。
人の波を掻き分けて、最前列に出ると、公任と銀邇は自分の目を疑った。
旅籠が、燃えている。
町火消はまだ来ていない。半鐘が未だに到着を知らせていないのが何よりの証拠。
「公任! 銀邇!」
2人の着物を背後から引っ張ったのは、青ざめた葵。
「おじさまと、ひろが——!」
バコンッ
家屋の崩れる音で葵の声はかき消されたが、伝わった。
「葵! 桶いっぱいの水はあるか?!」
「あるよ!」
銀邇の問いに葵は即答し、銀邇の腕を引いて旅籠の向かいの茶屋に飛び込んだ。
いきなり火事の近くに飛び出して行った少女と青年に、野次馬は悲鳴を上げる。
葵は水瓶の前に銀邇を引っ張ってきて、桶を突き出す。
銀邇は羽織りを脱ぎ捨て、桶で水を3杯被った。
「貴重な水を悪いな」
「絶対助けて!!」
葵の悲痛な頼みに、銀邇は力強く頷くと、燃え盛る旅籠に走って行った。
「ちょっと葵ちゃん!?」
「公任!?」
いつの間にか公任も茶屋に来ていた。その顔には焦りが滲んでいる。しかし、今するべき事は冷静に考え出していた。
「町火消が来ないなら、俺が纏をやる! 傘を借りるよ!! それで君は医者を呼びに行って!!」
葵は力強く頷いた。