第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける
公任が大きな欠伸をしながら縁側に座っていると、厠からUが出てきた。
Uは昨日の夕方、出て行った時と同じ身なりだった。
「やあ、おはよう」
「……はょざぃます」
公任が挨拶すると、消え入りそうな声が返ってきた。
Uは小さく会釈して、公任の後ろを通り、階段を上って行った。
公任はUを見送ると、茶の間を覗く。
中は薄暗く、卓袱台には何も乗っていなかった。
台所からは包丁がまな板を叩く音がする。
公任が台所に行こうと、抜き足差し足で茶の間に踏み込み、
「おい」
「!!??!!」
真後ろから銀邇に声をかけられた。
公任が恐る恐る振り向くと、銀邇が縁側に仁王立ちしていた。
「いい朝だねぇ」
「何か企んでるな」
「ま、マッサカー」
銀邇の三白眼の睨みが痛い。
公任は思った。陽露華にちょっかいを出そうとしていたのは黙っておこう、と。
公任が大人しく座布団に座ると、銀邇は卓袱台を挟んだ向かい側に座った。
銀邇は卓袱台に頬杖をついて、今日の予定を言うと、公任は嬉しそうに賛成した。
そこへ台所から父が出てきて、驚いたのは1人だけだと言えば想像に難くない。
綿毛の様な笑顔で挨拶をする父に挨拶を返すと、卓袱台に質素な朝餉が並べられた。
銀邇が公任と出掛ける事を伝えると、父は日向屋の御茶菓子を勧めてきた。昨日はドタバタしていて食べられなかったから、今日はゆっくり出来る、とも。
朝餉を食べ終えた公任と銀邇はすぐに出発した。
見送りには陽露華もいた。暫くは足を引き摺っている姿を見かけるだろう。