第12章 まづまづしばらく日和を見るつもりだ
公任は刀を振り下ろした。
銀邇の耳元に。
葉留佳の額に、刃が食い込んだ。
陽露華は口を開けたまま息を飲む。
葉留佳の目は、公任を見ていた。
「おい、何の真似だ」
銀邇は首だけ振り返って公任を見ている。
公任は刀に力を込めた。
刹那、葉留佳が消えた。
「邪魔しないでヨ。あとチョットだったのニ」
壊れた蓄音機で円盤を引っ掻いたような声が、陽露華の背後から聞こえた。
公任はすぐに陽露華を抱き寄せたが、彼女の右頬に3本の切り傷が入る。
葉留佳の左手に、血の滴る五寸ほどの爪がついていた。
「もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう離したくナイ、もう……」
葉留佳はぼそぼそと同じ言葉を繰り返す。
陽露華は頬の傷に触れた。触れた手がべっとりと赤く染まる。
公任が陽露華を背中に庇うと、葉留佳は眉を顰めた。
「隠さないでヨ。その子、アタシが切るノ」
葉留佳はパキパキと左手を慣らし、陽露華目掛けて飛び出す。
「この泥棒猫ガッ!」
キィンッ!
公任は刀で葉留佳の爪を弾く。葉留佳は体勢を崩さず、真横に回り込んで陽露華に左手を突き出すが、公任に呆気なく弾かれる。
「誰が、泥棒猫だって?」
「なんて硬い爪なの……」
公任の怒気に当てられながらも、陽露華はそう呟いた。
葉留佳は右手を額に持っていき、乱暴に拭う。公任が作った刃の切れ込みは消えていた。
「彼女、踏まず人から失望者になったのね……」
公任は眉を顰めたが、目は軽蔑するかのように葉留佳を見ている。
「葉留佳さん、落ち着いてください。人の目があります」
葉留佳から別の若い女性の声がした。そして、背後から彼女の背にすっぽり隠れるほどの少女が現れる。
「ここで態度を決めるのは時期尚早と言うものです。そうでしょ? ひろ」
陽露華も、公任も、銀邇も見覚えのある少女。
日向葵(ひゅうが あおい)である。