第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
ぐぅ、きゅううぅぅ···。
「······」
「······」
沈黙した。
とつとつ、と。傘を弾く雨音が強くなったような気がする。
いや違う。そう思うのは自分たちが無言になったからだ。
口角を上げたまま小首を傾げる杏寿郎。彼はまず、己の腹加減を疑った。小腹こそ空いてはいるものの、音 (ね) を鳴らすほどの空腹感は感じていない。
傘の影で赤面したのは、星乃だった。
腹の虫が鳴いたことで初めて自分は腹が減っているのだと自覚する。
確かに、贈り物探しに夢中で早朝からなにも口にしていなかった。だからといってなぜ今ここで? 恥ずかしすぎて穴があったら埋まりたい。
ワハハ! と、曇天に笑い声が上がった。
「盛大な音がしたな! そうか、星乃は腹が減っているのか!」
「やだ杏寿郎···っ、そんな大きな声で···っ」
天候のせいかまばらだが、ちらほらと過ぎ行く町人の視線が刺さる。
こっそり笑いを漏らすの人の声まで聞こえ、星乃はうつむいてまた赤面した。
「星乃、時間はあるか」
「え?」
再び杏寿郎を見上げると、彼は穏やかな顔つきで星乃を見ていた。
「これも縁あっての再会だろう。星乃さえ良ければどこかで食事でもしていかないか」
杏寿郎は微笑んだ。
煉獄家と疎遠になってから、どれだけの季節が流れただろう。
杏寿郎はめきめきと力をつけ、いつしか隊を支える柱となった。
杏寿郎が柱になったとの一報を受けたとき、尊敬の念を抱く傍らで、どこか遠い存在になってしまったような、そんな気もした。
時を経て対面した彼の佇まいもまた炎柱としての誇りに満ち、日々を脅かす輩から弱き者を助けるのだという気概が内面から滲み出ている。そのことに、星乃はほんの一瞬だけ気後れしたのだ。
このひとは、とても強くなった。
理屈ではなく、彼の纏う風格がそれを如実に証明している。
杏寿郎の双眸に、自身のひ弱さを見透かされてしまうのではないかとつい取り繕ってしまいそうにさえなる。
けれど、そんな雑念も、すぐに杏寿郎の見せた笑顔にほどけていった。
昔となんら変わらない笑顔が、とても嬉しかった。