第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
曲がりない眼差しでそう言われると、星乃の心にも暖かな炎が宿るような心地になる。
少しだけこそばゆいのは、杏寿郎の背がぐんと伸び、声も低く、明朗ながらも威風堂々とした顔つきになっていたから。
記憶のなかにずっと存在していた杏寿郎は、もう少し小さくて幼い男の子だったのに···。
そんな感慨深さが星乃の眼裏をじんわりと暖めてゆく。
傘の上を、雨粒の落ちる音がした。霧雨だったものが少しずつ粒に変わり、町中に雨音が響きはじめる。
「杏寿郎はどこかへ向かう途中なの?」
「いや逆だな! 父上と千寿郎の様子を伺うべく生家まで足を運んだ帰りだ!」
「わ、懐かしいな千寿郎くん。もう随分大きくなったんじゃない?」
「ああ。星乃が知るよりはずっと立派に成長している。良ければまた会いにでも行ってやってくれないか」
「もちろんよ! 私も千寿郎くんに会いたいわ」
杏寿郎と星乃は幼い頃の馴染みだが、長く疎遠となっていた。
杏寿郎の父、【煉獄槇寿郎】は元鬼殺隊の炎柱で、幼少期よりその元で修練に励んだ杏寿郎は師範である父と同じ炎の呼吸で才を伸ばした。
林道と槇寿郎が親交深かったこともあり、時に二人はそれぞれの父から剣技を学んだりもしていた。
しかし、ある時を境に槇寿郎はぴたりと剣士を辞めてしまった。最愛の妻の死が大きな要因ではないか···と林道は語っていたが、その物言いからして他にも理由があるようだった。
「おじさまは···?」
「うむ···。父上も、変わりはなかった」
「そう···。ご息災でいらっしゃるのなら、なによりだわ」
杏寿郎の尊敬する父は、厳しくも優しいひとだった。風の呼吸を継承できず落胆していた星乃にも、槇寿郎は「自分の呼吸を極めなさい」と力強く言ってくれた。
あんなに熱心だったひとが、なぜ。
杏寿郎は、どこかでずっとそんな気持ちを抱え続けているのかもしれない。
雨水の染み込む真砂土は次第に湿り気をふんだんに帯び、足もとにひしひしと物寂しさが漂う。
思っていたよりも早く本降りになってしまったな···。
傘を持たせてくれた女将さんには改めて感謝だ。
「星乃はここで何をしている? 買い出しか?」
「私は──」