第8章 追憶の炎、消えぬ黄昏
「昨年は御刀手入具で、その前は抹茶碗······」
音もなく降る雨の中を、ぽつぽつと呟きながら歩く。
いっそ直接聞く手もあるが、実弥から正直な返答が得られるかどうかはわからない。
実弥はあまり贅沢は好まなかった。必要なものが必要な分だけあればいいといつも言う。しかし持ち物にはそれなりにこだわりもあるようで、これまで星乃はどちらかといえば無難なものを贈り物として選んできた。
今年はその無難を脱却し、実弥が大喜びするくらいの贈り物をしたいと思うのだけれど···。
困ったわ、とうつむいたとき、傘の軒に何かがぶつかり弾かれそうになった。
手からすり抜けようとした籐を寸前で捕まえる。
立ち止まった先には人がいて、すれ違い様に互いの傘が擦れたのだと理解する。
「すみません。よく前を見ていなくて」
「──星乃か?」
男の声で名前を呼ばれ、思わず「え?」と声が出た。
ふと足もとに焦点を合わせると、特徴的な、見覚えのある脚絆 (きゃはん) が映った。
徐々に視線を持ち上げてゆく。鬼殺隊の隊服に、釣鐘型の袖のない外套 (がいとう) は、まるで“炎”を彷彿とさせるもの。
もしかして、このひと──…。
「杏寿郎···!?」
「やはり星乃だったか! こんなところで遭遇するとは奇遇だな!」
凛々しい眉を高く持ち上げ、双眸を見開く男の名は【煉獄杏寿郎】
鬼殺隊、炎柱である。
道行くひとの視線が彼に引き付けられるのは、獅子のような、鮮やかな向日葵色の髪をしているからだけではなく、風格の感じられる、律々しい佇まいからくるものでもあるのだろう。
「もう、びっくりしたわ···! 鬼殺隊にいても会う機会なんて全くなかったのに、まさかこんな突然」
「うむ、そう言われてみればそうだな。以前別の町で星乃の姿を見かけたことはあったんだが、少々忙しくしていたので声をかけるまでには至らなかったからな」
「杏寿郎も元気そうでよかった。何年振りかしら。私のこともちゃんと覚えていてくれて、すごく嬉しい」
「当然だろう! どれだけ月日が流れようとも俺の記憶から星乃が廃れることはない。断言できる!」