第7章 愛の謂れ
( ···ああ······クソ )
実弥はひどく困惑していた。
星乃を抱き寄せてしまった己の惰弱さにも、手を伸ばせば掴める距離に、まだ、星乃がいることにも。
( どうにかしてくれよ······匡近 )
熱を含んだ実弥の身体を、吹く風が人知れず撫で上げる。
しきりに急かす鴉たち。
宵は訪れを待ってはくれない。
それなのに。
もう一度、星乃に触れてしまいたい浅ましい欲望に葛藤している。
ふわりと、蝋梅 (ろうばい) のような甘い香気が実弥の鼻先を掠めていった。星乃の香りだ。
梅花の形に似た黄の花を枝に咲かせる蝋梅。星乃からは、いつもほのかにそれに似た香りがする。
「─っ、」
「実弥は、玄弥くんのことが大好きなのね」
頬を包んだ掌のぬくもりに、強靭なはずの実弥の心臓が上下した。後退りしそうになったのをどうにか堪え、零れかけた声を飲み込む。
まるで迷子の幼子と同等のような扱いにふと反発心が沸き上がっても、頬に付く華奢な指先は日々鍛練にひたむきであるのにやや頼りなく、しかし内から伝わる暖かみが確かに実弥の心許なさを和らげてゆくのだから世話がない。
「···玄弥くんも、実弥のことが大好きなのよ」
実弥は寂しげに微笑む星乃から視線を外し、拗ねたようにフン···と小さく鼻を鳴らした。
「ったくてめぇは···。匡近じゃねぇんだ、ほっときゃァいいだろうがァ」
「ふふ、私、匡近ほどお節介じゃないわ」
「似たようなもんだろォ。そのうち世話焼きババァにでもなんじゃねェか」
「バ、バ···っ? もう、麗しき乙女になんてこと···!」
「グ···っ、オ"イ"ヤメロくそが」
ぐりぐりむにゅむにゅ。
実弥の頬を揉み潰し、「本当、可愛げのない弟だわ」と星乃は口を尖らせた。
「カアァ! 星乃、モタモタシナイ!」
「はいはい。すぐに向かいます」