第7章 愛の謂れ
お袋にしてやれなかったぶんも、弟たちにしてやれなかったぶんも、お前の女房や子供を幸せにしてやればいい。
玄弥ならできるよ。
そしたら兄ちゃん、次こそは必ず守るから。
もう二度と、お前のもとに鬼なんか来させやしねぇから。
『弟は、元気なのか』
林道は玄弥の存在を知っていた。まだ、鬼殺隊に入隊するより以前の修行の身であった頃、実弥はこれまでの生い立ちを林道に包み隠さず打ち明けていた。
母をこの手で殺めたことも、一人生き残った玄弥を残し鬼狩りへの道へ進んだことも、一切の音沙汰を絶っていることも。
辛かったなあ、と、林道は実弥を強く柔く抱きしめた。成長過程の身体は至ることろが不完全で、林道の体温が骨身に沁みたことを覚えている。
治安の思わしくない場所を転々とし、長く気を張って生きてきたから、安堵し、涙がでた。
最終選別を終え飛鳥井の家を巣立ってからも、林道はずっと実弥を心にかけていた。
玄弥が鬼殺隊に入隊したこと。しかし呼吸は使用できないらしいこと。どのようにして最終選別を突破し、今現在も鬼と戦っているのかは不明なこと。
一度偶然鉢合わせたが、『お前みたいなグズは弟じゃねぇ』と突っぱねたこと。
すぐにでも鬼殺隊を辞めてもらいたいと思っていること。
あの日、実弥は林道に率直にそう告げた。
林道は難儀を悟ったような顔を見せたが、
『実弥の思うように、したらいい』
そう言って、実弥の肩を優しく叩いた。
『ただしな、実弥───…』
「実弥、急ゲェ!」
「星乃、急ゲェ!」
「「モウスグ日ガ落チル、日ガ落チルゥ!」」
鎹鴉が足もとで催促してくる。右に実弥の、左に星乃の鴉が位置し、二羽は同時に羽を広げて風を起こした。
共に行動することの多い鴉たち。ここ幾年かの間にすっかり阿吽の呼吸とやらを身につけてしまったようだ。
実弥の手が、星乃の髪の表面をするりと滑り落ちてゆく。
「ァ~···、手間取らせちまって、悪かった」
実弥はきまり悪そうに伏せた視線を横へ流した。うっかり星乃を引き寄せたのは自分だが、意識し出すと唐突に面映ゆくてたまらなくなってくる。