第7章 愛の謂れ
鬼を狩るのは、俺だけでかまわねぇんだ。
強固に言い切る実弥を肯定も否定もせず、星乃は相槌を繰り返していた。背中を撫でる温かな掌の感触は、力んでいた実弥の筋肉を徐々に弛緩させてゆく。
「弟さん、お名前は、なんて···?」
「···玄弥だ」
「げんやくん」
「ああ」
「もしかして、玄弥の "弥" は実弥の "弥" ?」
「聡 (さと) いじゃねぇか」
思わず笑みがこぼれ出ていた。自分たちが字を読めるようになったのは随分成長してからで、同じ字が使われていると知った玄弥のはにかんだ笑顔が思い出される。
玄弥には、どれだけ冷酷な兄貴と思われても構わない。
ただ、生きていてほしいのだ。生きて、幸せになってほしいのだ。そのためなら憎まれたっていい。
玄弥が鬼殺隊に入ったことは、すぐに実弥の耳にも入った。
過日、行冥が実弥のもとを訪れた際、『玄弥が面会したがっている』と告げられた。
しかし、行冥の気持ちを汲んでもなお、実弥はそれを聞き入れることができないでいる。
「あの日はやけにお袋の帰りが遅くてなァ···。様子見に弟たちを残して家を空けちまった隙のことだった。異変に気づいて家に戻ると、玄弥以外は、もう」
実弥の肩にひたいを押し当て、星乃はきゅっとまぶたを閉ざす。
「アイツももう十六だ。なんでわざわざ同じ道歩んで来ちまったんだか···。俺がァ、お袋殺してまで守った命だっつぅのによォ······こんなところまで追いかけてきやがって」
玄弥は呼吸が使えない。
行冥にそう聞かされたときは、実弥の心にやりきれない憤りが走った。呼吸を使えないとわかっても鬼殺隊にしがみつこうとしている玄弥は大馬鹿野郎者だと心底思った。
日輪刀は色変わりを見せず、どれだけ修行を積み重ねても呼吸の習得には至らない。これには継子として面倒を見ようと考えていた行冥も困り果て、しかし玄弥の特異性の高さや熱意を評価し弟子にすることを決めたという。
「呼吸も使えねぇのに鬼狩りなんざ、無謀にも程があるだろう?」
「呼吸が、使えない···?」
「あァ。悲鳴嶼さんもなァ、そんな奴ァとっとと突き放してくれりゃあいいんだ」
「呼吸が使えないとなると、今後厳しい状況にもなりかねない···」