第7章 愛の謂れ
幸い大事には至らなかったものの、事情を知った実弥は「どこの野郎だブチ殺す」とものすごい剣幕で蝶屋敷を飛び出して行こうとし、(相手の素性も知らず一体どこへ向かおうとしたのかは謎) しのぶをはじめとする屋敷の皆と、たまたまそこに居合わせた行冥が実弥を一所懸命に抑え込み事は混乱を収めたのだった。
四六時中傍にいてやることはできないが、せめて行動を共にしている時くらいは······。
その日を境に、実弥は今でもそう心に決めている。
別れ際、翳しかけた掌を、星乃は迷った末躊躇いがちに引っ込めた。
『俺に、弟なんてもんはいねェ』
実弥の言葉が、星乃の頭から離れないでいる。
実弥は干渉するなと言うかもしれない。
実弥がそうまで口にすることだ。事情を深く知りもしない自分が首を突っ込むべきではないのかもしれない。
けれど──…。
「実弥······私、頼りない姉弟子だけど、なにかあれば少しでも実弥の力になりたいと思ってる。だから、色々なこと、また実弥が話したくなったらでいい。そのときは、いつでもいいから声をかけてね」
以前と変わらず、深淵 (しんえん) に触れない選択もある。けれど、なぜか今、足踏みしたままではいけないような心許なさを実弥に感じた。
寂しげに見えた眼差しは、夕暮れに落ちてゆく空に重ね合わせてしまった錯覚なのかもしれないけれど。
見過ごせなかった。
何でも一人で背負ってしまう実弥のことを、ほうっておきたくないと思った。
「今夜の任務も、気をつけてね」
「──星乃」
唇に小さな笑みを乗せ、実弥に背を向けたその瞬間、背後から肩を引かれ、反動でくるりと身体が半回転した。
「···実弥?」
見上げると、実弥はハッと我に返ったように双眸を見開き星乃を見ていた。
肩から離された実弥の手が、一瞬宙をさ迷う。