第7章 愛の謂れ
「こちらこそありがとう~! また今度を楽しみにしてるね~!」
両腕を大きく振る蜜璃に手を振り返し、視界から消えてしまった実弥の姿を追いかける。幸い、しばらくは一本道。しかもこの方角は実弥の帰り道じゃない。星乃の家までの道のりだ。
「実弥、待って」
追いつくと、肩で息を整えながら星乃は実弥の隣に並んだ。
沈黙が漂う。
石垣の連なる土壌の道。地面を踏む小石混じりの足音だけが、淡々と響く。
「···助かった弟さんが、いたのね」
まぶたを伏せて、口にした。
人気のない山合いの道は静かで、周囲を囲む葉の擦れる音がするだけ。声を落としても十分に会話が響いてしまう。
なんとなく、実弥の顔を見ることに躊躇いを覚える。
「弟じゃねぇつってんだろうが」
「でも、悲鳴嶼さんが」
「人違いだ」
冷えた空気が、さらりと星乃の髪を靡かせた。
刻一刻と夕陽が沈む。
層雲の向こう側に霞む橙。まるで、胸の内を悟られまいとしているような。
日中はまだ陽射しの麗らかなことも多い季節とはいえ、この辺りは日没にかけ急激に気温が低下する。
随所から届く葉の音も、どこか寂しげに乾いている。
「···そっか···。実弥がそう言うのなら、人違い、ね。きっと」
「······」
「あ、もうここで大丈夫よ。そろそろ日も暮れるし任務に向かわなきゃ。送ってくれてありがとう」
坂道に差し掛かる二手に分かれた道の手前で立ち止まる。星乃の家まではもうしばらく距離があるものの、お互い任務へ向かわなければならない時刻が迫ってきていた。
家に戻ってものんびり過ごす暇はない。このまま指定地区へと飛んでしまったほうが実弥の手間も省けるだろう。
実弥は、毎々それらしいことは口にせずともこうして必ず星乃を住まいまで送り届けてくれていた。
時に実弥の屋敷とは真逆の場所だからと遠慮をしても、実弥は首を縦に振らない。
星乃は以前、任務中に突然卑猥な誘いを持ちかけられた男に怪我を負わされたことがあった。
応じなかったことに腹を立てた酔っ払いが、星乃を突飛ばした挙げ句に殴る蹴るの暴行を働いたのだ。