第7章 愛の謂れ
「不死川さんも今日は桜餅をありがとう。扉の約束も楽しみにしてますから」
フン、と小さく鼻を鳴らし、実弥は「あァ」とだけ返事した。直後、「そうだ不死川さん!」
何かを思い出したように、蜜璃が実弥を呼び止める。
「最近、悲鳴嶼さんに継子ができたって聞いたんだけど、その子、不死川さんの弟さんなんですってね」
──弟?
にこにこしながら声を弾ませる蜜璃の傍ら、星乃の脳内を『弟』の一言が埋め尽くしていった。
瞬間、実弥の草鞋 (わらじ) がぴたりと止まった。
「あれ? まだ継子じゃなくて弟子だったかな。ん? けど、弟子ってことは継子ってことだよね?」
ね、星乃ちゃん。そう蜜璃に話を振られても、星乃は言葉を返せなかった。
実弥の弟が、岩柱の【悲鳴嶼行冥】に弟子入り。そんな話は寝耳に水だ。それどころか、鬼殺隊に実弥の弟がいたことすら星乃は知らない。
家族は皆、亡くなったはず···。ううん、でもよく思い出してみて。本当に、そうだったのか。
「······俺に、弟なんてもんはいねェ」
あの日の記憶を手繰り寄せている最中、不意に実弥から抑揚のない声が届いた。
「え···でも、悲鳴嶼さんがそう言ったのよ!」
腑に落ちない様子で今一度そう主張する蜜璃を無視し、実弥は背を向けて歩き始める。
「···どうしちゃったのかしら、不死川さん」
「蜜璃ちゃん······今の話、本当?」
「え···? うん。私は弟さんを見たわけじゃないからわからないけど、悲鳴嶼さんは確かに"不死川の弟"だって言ってたのよ。不死川なんてそうよくある名前じゃないし、てっきり不死川さんの弟さんかと思ったんだけど、違ったのかしら···?」
実弥は、家族は亡くしたが天涯孤独になったとは言っていない。
「···蜜璃ちゃんありがとう。また絶対にお茶しましょうね」
「あ、星乃ちゃ」
蜜璃に微笑みを向けたあと、星乃は実弥と同じ方向へ駆け出した。