第7章 愛の謂れ
「不死川さんて、いつから星乃ちゃんのことが好きなの?」
「ゴ、ブッ···っ!」
蜜璃の不意討ちかつド直球な質問に、実弥はなんとも王道な反応を披露した。
西洋のカップの縁は実弥の愛用している湯飲みのもよりも遥かに薄い。使い慣れないカップはどこか収まりが悪く、実弥の所作をやや鈍らせたせいもある。
「熱っ、ちィなァ!」と、顔面から紅茶をかぶった実弥はカップに向かって癇癪を起こした。前髪からしたる琥珀色の水滴が、痛々しい胸もとの傷を濡らしてゆく。
「やだ不死川さん、これ使って···!」
蜜璃が慌ててよこした白く厚みのある布巾を受け取る。
「···なんのことだよ」
「もう、知らんぷりしなくてもいいのよ。私、以前も見たんですから! 不死川さんが何でもない女の子と一緒に食事したりするわけないがないもの」
「···星乃は俺の師範の娘だ」
「それは星乃ちゃんから聞いたわ。でも、それだけじゃない"愛"を不死川さんから感じるのよ! キャッ、なんだかドキドキしちゃう!」
蜜璃は高ぶりを抑えられないといった様子で、甲高い声を発した。
首を折り、実弥ははあ···とため息を吐く。自由気儘に先走る蜜璃を前に、もう四の五のこじつけることが面倒になっていた。
蜜璃の言う"愛"とはどういったものなのか。
一口に愛と言っても、捉え方や思い描く形は一様ではない。
実弥にとっての愛は、やはり母を思い起こさせた。
母親が我が子を想う慈愛には底知れぬものがある。少なくとも実弥の母は己を顧みないひとだった。そんな母を手助けしてやりたいと幼心にも思ったし、弟や妹たちが辛く悲しい思いをしないよう、出来ることなら何でもしよう。そう心に決めていた。
愛は、通わせることができればなお良い。
千々に砕けていてもいいのだ。同じ形でなくてもいいのだ。互いを想い尊ぶことで、時に心を吹き抜ける風は暖かく柔らかなものになる。
自分は、星乃に全うなそれを与えることができているのか。到底思えるはずもない。
時に、嫉妬で怒りに沈む。
時に、無理強いしてでも支配したくなる。
時に、星乃を想い己を慰めることも、ある。
そのたびに、まったく世話の焼けることだと自身にくたびれてしまうのだった。