第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
星乃にも、ひとつ下の妹がいた。
妹は生まれながらに病弱で、剣術よりも学問を学び、医者を目指していた。
自分は戦えないけれど、裏で隊士を支えられる人間になるのだ。そう、言葉を継いで。
生きていれば、実弥と同じ歳になっていたはずの妹──。
「触れんじゃあ、ねぇよ。んなことよりお前も食え。とっととしねぇと全部食っちまうぜェ」
「いいのよ。実弥がたくさん食べてくれたほうが、婆様も喜ぶから」
チロリ。指先で拭った餡を舌に絡める星乃の所作に、実弥は時の間瞳孔を開かせた。
暗がりの中消えゆこうとしている送り火の橙が、その仕草をやけに艶っぽく見せてくる。
──ふざけてやがる。
実弥の胸に、苛立ちともわからぬ感情が湧く。
星乃から顔を背けると、実弥は小さな舌打ちをこぼした。
星乃は、出逢ったときからそうだ。たかがひとつばかり歳が上なだけで姉貴面をしてくる。
それよりも腹立たしく思うのは、まるで母親が我が子に向けるような微笑みや温かな手だ。それを、誰それにかまわず振り撒ける。
いつからだろうか。
星乃の優しさを時に疎ましく、それでいて、全てを奪ってやりたいなどと思うようになったのは。
炎が消え、辺りが暗闇色に染まった。
燻った匂いが鼻腔をつんと刺激して、顔周りに漂うそれを掌で一往復振り払う。
盂蘭盆と称し、故人が黄泉と現世を行き来するなど誰が思いついたのかわからない盲信に過ぎないことは重々承知しているが、それでも、炎が燃え尽きた刹那に訪れる漠然とした侘しさのようなものは、今年も実弥の肩を不躾に叩きにやってくるのだ。
たちの悪いことだ。後引く前に、さっさと片してしまおう。
湯呑みの中のお茶を煽るように飲み干して、実弥は縁側から起立した。