第1章 七夕月の盆、夕間暮れ
実弥の言葉は、折あるごとに星乃の志に穴を開けようとする針をことごとく砕いてくれる。
今でも鬼殺隊としてこの場所にいられるのは実弥のおかげだと、星乃は常々思っているのだ。
政府から正式に認知されていない特殊な組織。それが、鬼殺隊である。
情報は風の噂程度にしか世間に届かず、その存在を知らぬものも少なくなかった。
志願は己の意思といえ、どれだけの者が我が身を犠牲にし命を落としていっただろうか。
一人、二人と仲間の死を悼むたび、心に積もってゆく悲しみの雪は、星乃がどれほどの熱を奮い立たせようとも溶けて無くなることはなかった。
抗うように刃を振るい続ける星乃を根気強く導いてくれるのは、決まって実弥だ。世話になった師範の娘であるからという理由であっても、星乃にとっては救いだった。
しばし穏やかな時間が流れた。
暗がりで揺れる炎は波立つ心を鎮めてくれる。合わせて星乃に不思議な安堵感をもたらしてくれるのは、不器用で質実な実弥の優しさなのだった。
「実弥、口もとにあんこがついてるわ」
「ンァ?」
「ううん、違う、こっちよ」
逆側の頬へ拳を持っていく実弥を見かね、星乃は微笑み自分の指を実弥の口もとへそっと運んだ。
弟がいたら、こんな感じだったろうかと思う。
『無茶なやり方で鬼狩りをしていると知ってほうっておけなかったんだ。実弥は、死んだ弟に少し似ている』
ふと、星乃の脳裏に匡近の言葉が思い出される。
実弥は鬼殺隊に入隊する以前から独自で鬼狩りをしていたという。
隊士のみが腰に下げることを許される【日輪刀】でなければ鬼は頸を斬られても死なない。
他といえば日光に当てることのみが有効で、実弥は夜のうちに鬼を捕らえ、身動きできぬよう日の当たる場所に固定したのち朝日で消滅させていたのだ。
それは本当に無茶苦茶なやり方で、無事でいられたことが奇跡だと誰もが驚愕したほどだった。